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熱帯魚の躾方
【SM 官能小説】

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映画(三)-2

「こりゃ、驚いた!どうしたら、そこまで出来るんだい?」団がもう一度拍手をした。

「やっぱり、決まりね!でも、どうやって映画化の話を知ったの?まだ、何処にも発表してないけど…。」「はいっ!私です!ごめんなさい!」美羽が立ち上がり深々と頭を下げた。

「さっきの菅内玲さんは、どうする?」団が首を捻る。美羽が手を挙げる。「私に提案があります!小説の回想をシーンに入れて、亡き妻美夜(梨花)役で出演して貰うのはどうでしょうか?ヒットしたらスピンオフ作品に主演して貰えますし。」

「それはいい!面白いよ!今から間に合うかな?」脚本家が切り出した。「私も手伝いますよ!」思わず乗ってしまった。
 
 沙莉はスケジュールの都合で、先に退席した。部屋のドアから出ていく時にまた私をチラリと見た。

 配役が決まり、勢いに乗った制作陣の会議は夜十一時まで続いた。もう、帰る電車は無い。呑みになるかもと、わざわざ電車で来たのは失敗だった。

「仕方ない、どこかで一杯やって、安ホテルでも泊まるか。」映画の話が進んでいくのは楽しい。こんな充実感は久しぶりに味わう。
 久しぶりに沙莉の顔も見れて嬉しかったが、どう接していいのかわからない。多分、憎んでいるだろう。演技とは言え下着姿の沙莉に触れられ硬く勃起してしまった。ジャケットを着ていなければ恥ずかしい思いをしたはずだ。
 ジャケットの左ポケットに何か入っている。四つに畳まれた白い紙に「◯◯ホテルのスカイラウンジに来てください。」と書いてある。行くべきか無視すべきか…。会いたいとは思うが、沙莉を元鞘に戻してはいけない。沙莉はもう世界的なスターだ。でも、クランクインしたら、現場で顔を合わすことも多いだろう。
 迷った末にタクシーを飛ばして、沙莉が居るホテルへと向かった。

 高層ホテルの硝子張りのエレベーターから夜景を見下ろしながら、最上階にあるスカイラウンジの扉を開けた。窓際のテーブルに沙莉の後ろ姿が見えて慌てて駆け寄った。緊張感からか冷たい汗が頬を伝う。
「もう、御主人様遅〜い!お腹空いちゃった。」数年前と同じように悪戯っ娘のような爛々とした瞳で見つめている。席に着いて飲物と軽い食事をオーダーした。
 沙莉と並んで大都会の夜景を見下ろす。「乾杯!映画化に!」「乾杯!主演、おめでとう!」お喋りな沙莉があまり話さない。やはり、捨てられたと思って怒っているのだろうか?
 息苦しくなって、ストレートのスコッチを貰って一気に流し込んだ。沙莉も話し辛いのか同じようにした。三杯ほど呑んでからようやく話を切り出した。

「パリはどうだった。」「美しい街だったけど、私には灰色の街みたい。」「お前の好きなフランス料理やワインも楽しめたか?」「それも、御主人様から教えて貰ったもの。」相変わらず外の夜景を見下ろしたまま答える。「そうか…。あまり楽しく無かったか…。」
「当たり前じゃない!好きな人と一緒ならどんなとこでも、きっと楽しいわよ!例え地獄の釜の底だって!」こちらを向いた沙莉の大きな瞳から涙が滝のように溢れている。
「御主人様と一緒じゃなきゃ嫌なの!メールも電話も出来ない!手紙も読んでくれない!美羽からしか何もわからないの!私、何か悪いことした?将来のことを思ってくれたのはわかるし、夢も叶ったけど幸せじゃない!こんな未来なんて欲しく無かった!」
 両手で顔を覆ってテーブルに伏せてしまった。こんなに激昂する沙莉は初めてだ。
「ふぅ〜、ふぅ〜…。うううっ…。ひっぐひっぐ…。」激しく嗚咽しながら泣いている。
 なんて答えたらいいのかわからなかった。

 落ち着くまで暫く待っていた。「夢は叶っても幸せじゃない。」その一言が私を凍らせた。「そんなに辛い毎日だったのか?」ようやく泣き止んだ沙莉が頷く。「仕事はいいの。周りの人達も皆優しいし…。」
「でもね…。何しても楽しくないの。何食べても美味しくないの。高級なレストランにもたくさん連れて行って貰ったけど、御主人様が茹でてくれたお蕎麦のほうがずっと美味しいの。」
 また暫く沈黙してしまった。

「そうか…。辛い思いさせたなぁ。済まない…。」これを言うのが精一杯だ。

 目の前の沙莉が愛おしい。強く抱きしめたい。でも、これからまだまだ世界を羽ばたく彼女にこんな親父の存在はマイナスにしかならない。

「今日は帰るよ!撮影頑張ってな。」

 映画の撮影とはいえ、これから沙莉はフルヌードを晒し、その美しい身体を男優に触られる。想像しただけで、頭がおかしくなりそうだ。きっと私は赤黒い嫉妬の炎に灼かれてしまうのだろう。狂ってしまうかもしれない。

 きっと、沙莉は私を憎んでいるだろう。この撮影は私にとって拷問にも等しい。いや、沙莉にも辛いはずだ。罰として受けろというのだろうか…。それとも聖なる禊なのだろうか…。
 


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