逆転する関係A-6
「先生……もうひとつ嫌なこと、言ってもいい?」
唐突に清香が尋ねる。
胸に顔を埋めつつ、清香が震えている。
「嫌なことって?」
由美香は不思議そうに、胸元を覗き込むようにする。
「ーー起きてた。あの日」
突然の告白に、思考が追いつかない。
「あの日」とは当然、彼らに体を奪われた七月の「あの日」のことだろう。
「あの日って何のこと?」
明らかに二人から乱暴された日のことを指しているにもかかわらず、由美香はとぼけようとした。
だがーー
「ーー先生の服から、堀尾くんの香水の匂い、する。また、されたの」
ぞくり、と背筋が凍る。
声などは分からなかったはずだが、重なった彼の体から、服に香水の匂いが移ってしまったというのか。
もう言い逃れはできないと思った。
由美香はため息をついて、決心する。
「ーー確かに押し倒された。それ以上はなかったよ。でも……あの日、何があったか分かってて、堀尾くん呼んだってこと……?」
拓真のことも、翔のことも、体を乱暴に扱われるくらいなら、受け入れると決心した。
だが、清香の気持ちはわからなかった。
女性なら、何としてでも避けるような状況ではないのか。少なくとも、自分のことを好いていてくれるとしたなら……
「また、同じことが起こるんじゃないかって。ただ、それだけなの。最低だと思う」
由美香の胸元に吹きかかる吐息が熱い。
はぁ、はぁ、と清香の吐息がだんだん荒くなっていく。
ぎゅぅうっと抱きしめる清香の腕が強くなる。
柔らかな胸が体に押し付けられる。
「どういうこと。…………あなたの同僚が、あたしに乱暴したのよ? 最低だと思うって……あたしのこと、本当は嫌い………?」
指導に対する彼女の嫉妬とを結びつけて、由美香は尋ねた。
「……そんなわけ、ないです。先生が乱暴されて、声抑えてーーなのに、だんだん声が甘くて、いやらしくな……って。
先生が二人にされてる時の声、何回も思い返したの」
「え……何で……そんな」
「二人のことは信頼してるけど、職場の人に言えるわけないじゃないですか。あたしが同性愛者だって。それに……先生のこと独り占めしたいって」
由美香の頭の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れていく。
思いを寄せていたのは、男たちだけではなかった。清香もだったのだ。
自分が恋人と別れたことでーー四人の微妙な均衡が崩れてしまったことに、由美香は改めて衝撃を受けた。