逆転する関係A-5
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「泊めてくれてありがとね」
「何言ってるんですか。あたしが強引に家に来てって頼んだんですよ」
セミダブルのベッドで、壁側に背を向けた清香が言う。
由美香はそんな清香に向き合って、「ううん」と首を振る。
酒をしばらく飲んだ後、翔は自制する自信がなかったのか、いつも通りには泊まらず、自宅に帰ってしまった。
由美香自身もそのことに安堵していた。
明日もお互い仕事があるから、早々に目を閉じようとすると、由美香の体は清香に抱きしめられる。
寝起きならいつものことだったが、眠る前にこんな風に清香が抱きついてくるのは初めてだった。
首元に、清香の吐息が触れる。
由美香は右手で、温かな背中を撫でた。
今思えば、職場であんな風に体を寄せてきたりすることはなかったように思う。
今になって、清香に何かあったのかと心の中で感じてしまう。
「何かあった?」
「ーーあたしの授業、つまんないなって思っちゃって」
「つまんない? 何でまた」
「んぅ。嫉妬です、「由美香ちゃん」に」
「よく言う。少なくとも地歴公民科の中じゃ、あなたが指導力断トツだと思うんだけど」
私立高校ゆえ、教員の士気を上げるために生徒に授業アンケートを行なわせるのだが、彼女の授業はわかりやすいと生徒から定評があることを由美香は知っていた。
学歴だけでなく、これまで彼女が担任を受け持った生徒の進路実績も輝かしいものであるゆえに、彼女の指導力は本物だと由美香は思っている。
「講習して……格の違いを見せつけられた感じがしたんです。あたしの授業なんて小手先のテクニックでしかない。こんなこと本人に言って、八つ当たりしてる自分もすんごい嫌」
「何言ってるの、同じこと教えてても人によって授業が違うのも当たり前。普段、あたしの授業受けてる生徒もいたんだから、やりにくく感じるのも当たり前でしょ?」
由美香は、軽く清香の背中を叩く。
「んん。受験で出るからここ押さえとけ、みたいな授業で良かったら、別にあたしじゃなくて塾でいいじゃんって思っちゃった。つまんない授業してます、本当」
清香がこんな風に、職場での悩みを吐露することは珍しかった。
「受験で出るから」と指導するのは当然のことのように思われるが、彼女はもう一歩進んだ、その先の授業をやりたいのだろう。
由美香は確かに、自分の授業を暗記科目として捉えて欲しくはなかったから、何故そうした事象が起こったのかを徹底的に教え込むような授業を行なっているつもりだった。
「八つ当たりです……ごめんなさい」
「八つ当たりなんて思ってない。清香ちゃんの仕事ぶり、尊敬してるから。むしろそんな風に思ってもらえて嬉しい」
猫のようなしなやかな体を撫でてやる。