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カラフル
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あかいろ-5

 
 余りの目まぐるしい展開に、私の喉は渇き切っていた。運ばれて来た水を、一気に飲み干すと、やっと少し落ち着き、久しぶりに目にした美しい東京の夜景を眺めながら、ジントニックを少しずつ飲んでいた。その夜は、月が大きく輝いていて、バックライトのように青くステージを照らしていた。

 暫くすると、ステージにギタリストが上り、ギターを弾き出した。そして続いて紅絹がマイクを持って現れた。

 彼女は、後ろに広がる夜景に愛され、振り注ぐ月の光に愛され、ギターの音色に愛されるように、優雅に黒いドレスを揺らして歌い始めた。

 彼女の歌声は低く深く、私の心の奥底に染み入って来た。彼女の歌を一言で言い表す事は困難であるが、それは例えば、日本古来の詫び寂びを備えたジャズと言えるかも知れない。その微かにハスキーな声色は、ストレートに私の心の琴線を揺らし、私は涙を堪えた。そして夜景と月を従えて歌う彼女の姿も又、涙が出るほど美しかった。

 2度に分けられたステージで、彼女は10曲を歌い上げた時、私は4杯目のジントニックを飲み終えた。そして暫くすると、着替えを終えた彼女がテーブルにやって来た。
 彼女は無彩色の幾何学模様のワンピースに着替えていたが、それも又オートクチュールを思わせる物で、それがドレスでは無いと言うだけで、人々を振り返らせる大胆な魅力に、大差は無いように感じられた。

「あ〜 お腹が空いた! 何か食べに連れて行って!」

 ライブの後の興奮を、身体全体から立ち上らせて、上気した彼女は、より妖艶さを増していた。

「うん! え〜っと…… どんな感じの物がいいかな?」

「いいわ。面倒だから、私が決めるわ。来て」

 彼女はそう言って、立ち上がり、私の手を取り歩き出した。
 エレベーターを待つ間に、彼女は今までよりは少し短めのキスをした。それでも人前でするキスにしては十分な長さだった。

 タクシーに乗り込むと彼女が言った。

「中華にするわ。大丈夫? 貴方好き嫌いは?」

「中華大好き! 好きは沢山あるけど、嫌いは何も無いよ」

「あら。素敵。欲張りなのね。それから…… ライブの感想は話さない事。陳腐な表現で語らないで欲しいの。それに、ライブ中にこちらから見ていれば、どんな風に感じてくれているかは、だいたい判るもの…… 喜んでくれてありがとう」

 又、先を越されて、言葉を奪われた…… しかたなく私は、彼女に連れていかれる店に対する財布の心配をしながら、先ほどまで遥か上から眺めて居たであろう夜景が、今、目の前に流れゆくのを、少し不思議な思いで見つめていた。

 タクシーが止まったのは、恵比寿駅から少し外れたひっそりとした場所で、彼女の後に続いて入った店は、古びて薄汚れた4人掛けのデコラ張りのテーブルが4台ほどある、まるで現地の大衆食堂のような店だった。中国訛りの強い女将がオーダーに現れ、紅葉と親しそうに話していた。料理を作るのであろう店主と思われる禿げた親父が、キッチンの、花柄プリントのビニールカーテンの奥から顔を覗かせた。

 店の隅に置かれた、大きな瓶からくみ上げられた紹興酒がテーブルに置かれ、次々と運ばれて来る料理は、どれも驚くほど美味かった。

 私達はたまに料理の感想を言い合うぐらいで、ほぼ黙々と料理に舌鼓を打っていた。
紅葉は素晴らしい食欲で、次々と料理を平らげて行く。私は「この食欲で、どうやってあの美しい体形を保っているのだろう?」等と思いながら、美しく動く彼女の顔の造作を見つめていた。

 紅葉が言うには、彼女は生粋の江戸っ子で、母方の祖父母こそ九州に居たが、実家は麻布にあり、祖父母も同居している旧家であるらしかった。しかし、誰が見ても彼女の顔立ちは純日本人であるとは思えない、いかにもハーフの顔であった。だが、何処の国のハーフかと聞かれると、誰もが首を傾げるだろう。
 それぐらい彼女の顔立ちには様々な要素が存在していた。古代ギリシャ、エジプト王朝、古代中国美女、スパニッシュ系の美女、それらの細かなパーツを寄せ集めて作られたようであったが、その均衡とバランスはただ「美しい」としか形容のしようが無かった。


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