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カラフル
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あかいろ-2


 2週間が過ぎ、私は彼女の事を忘れかけていた。

 その夜訪れた知人のイベントは、青山のクラブで行われていた。私はあまり乗り気では無かったが、世話になった人の誕生祝も兼ねていた為、顔だけは出して置こうと思い、その店に足を運んだ。

 思っていた通り、その店の音楽の音量は凄まじかった。何人かの知り合いに会って、挨拶を交わしたが、その都度声を張り上げなければならなかった。大声を上げてまで話す必要も無い世間話で、喉を枯らすのも嫌だったので、適当に飲んで店を出ようと決めたのだが、一杯の酒を買うのにも長蛇の列である。

 私は列に並ぶ事が、最も嫌いな行動の一つであった。並ぶくらいならと、並ばなければ手に入らないほとんどの事を諦めて来た。新しい酒を手に入れる事を諦めて、グラスに残った酒を舐めながら、フロアーで踊る男女を眺めて居たが、その時、フロアーの反対側に立つ、彼女を見つけた。

 その夜の彼女は、真っ赤な身体の線に沿ったロングドレスを着ており、彼女一人だけに赤い月の光が降り注いでいるかのように、美しく輝いていた。

 私は彼女をもっと身近に見たくて、フロアーを回って後ろから彼女に近づいた。そして、彼女の斜め後ろに立ち、彼女をじっくりと観察した。

 彼女は独りで、気怠そうな瞳でダンスフロアを見ていた。ドレスの背中の部分は、腰のあたりまで切れ込み、艶めく肌が剥き出されていた。先日、雨の中で初めて見た彼女は、長い黒髪を下ろしていたが、今夜は一つに纏めて結い上げていた。うなじに、おくれ毛が揺れており、その細い一本の髪の毛は、私を誘う魅惑のダンスを踊っているようだった。
 
 突然彼女が振り向き、冷たい視線を向けると言った。

「そんなに人をジロジロと見るもんじゃないわよ…… 雨の夜と同じね。今夜は口が開いていないけど……」

「…………」

 私は唖然として、何も言えず、頭の中に様々な思いを巡らせていた。

「え!? 気付かれてた! え!? あの夜も!? え!? 俺を認識してたの!? え!? え!? え……」

「どうしたの? 話すときは、口をお開けなさい。今夜も又話しかけないつもり?」

 そう言って、彼女は顔の左半分だけで笑った。

「え!? いや…… あの、気付かれてたんだね?」

「あたりまえよ。何故私が、貴方の立っているドアに逃げ込んだと思ってるの? 今夜もそうだけど、あんなに正直に真っ直ぐ人を見つめる人なんて、中々いないわよ。でも…… 正直な男って好きよ」

「あっ…… いや…… ごめんなさい。綺麗過ぎたから……」

 彼女は何も言わず、又左の頬だけで笑って、フロアーに視線を戻し、踊る男女を見ていた。

 彼女のグラスを見ると、底に僅かに残っているだけだったので、

「何か、飲み物買ってこようか?」

 そう尋ねると、彼女はドリンクカウンターの長い列に目をやり

「あそこに並ぶの? ごくろうさま。 でも、お気持ちだけ頂くわ…… つまらないパーティー……」

 そう言って、手に持っていた小さなバッグを私に押し付け、大判の黒いショールを肩に掛けようとしたので、私はそれに手を貸したが、驚いて言った。

「え!? 帰るの?」

「だって、つまんないんだもの。飽きちゃった」

 そう言って、踵を返すと、入り口に向かって歩き出した。

 私は落胆の中、彼女の後姿を見つめていた。すると彼女が突然立ち止り、振り向いて、私に向かって何か言った。けたたましい音楽で何も聞こえない。私は慌てて彼女の後を追い、側に立った。

 彼女は私の目を見つめて言った。

「どうするの? 残るの?」

「え!? いや、僕も出る」

「そ……」

 そう言って、背中を向けて歩き出した。

 私は彼女の剥き出しの背中に浮かぶ、肩甲骨の優雅な動きに見とれながら、彼女の後に続き出口に向かう階段を上った。私の目の前には、赤いドレスの張り付いた、彼女の尻が、どこにも下着の線を出す事無く、生々しく揺れていた。

 外の風にあたると、流石に気持ちが良かった。彼女を見ると、彼女も目を閉じて、深い息をしていた。その横顔の、額から微かな鷲鼻を通って、唇から顎へ向かう線の美しさは、中世の絵画を思わせた。



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