きいろ-2
彼女は江戸川区に実家があり、生粋の江戸っ子であった。しかし今は代々木に部屋を借りて一人暮らしをしいると言った。大学を出て直ぐに今のテレビ局に就職をして、早や10年経つと言う。趣味は音楽で、インダストリアルと言うノイズミュージックを、自宅で一人、シンセサイザー等のキーボードで作って居るのだと言った。「やはり少し病み気味なのであろうか?」と私は思ってしまった。
私はそんな会話の傍ら、彼女を観察した。彼女は小さく、細身であったけれど、よく見るとその胸と腰だけは張っており、見事な肉付きを隠していたし、黒いパンプスと黒いクロップドパンツの間に覗く足首の美しさは、彼女が年相応の大人の女である事を、饒舌に語っていた。
彼女が酒を飲み終えたので、私はお代わりを2杯頼んだ。その酒が届き、彼女とグラスを合わせた時、私は他の者に呼ばれたので、彼女に「ごめんね」と言って、席を移した。
私は呼ばれた知人に、初対面の人間の紹介を受け、軽い雑談を交わしていた。ふと、気付くと彩葉が私の斜め後ろに、私に隠れるように立っていた。その場の雰囲気で、私は彼女を紹介したが、彼女は首をペコリと下げるだけで、怯えるように私の後に隠れた。
その後は、刷り込まれてしまった( imprinting )雛鳥のように、私の服の肘を軽く摘まみ、私の側を離れず、私を外界から守る縦にした。
朝8時、その店の閉店時間となり、気の置ける者達だけで、ガード下にある24時間営業の居酒屋に移り、飲み直す事になった。
彩葉を紹介してくれた知人は帰ってしまったが、彼女は私の後に付いたまま一緒に来た。
居酒屋の座敷に座る頃には、親鳥の羽毛の下に隠れる雛鳥のように、私に顔をうずめ、眠たげな眼で、時折私を見上げていた。
「おとうさん。お子さんがおねむみたいだよ」
「早く、何処かに連れてってあげなよ」
等と、仲間達がいじり出したので、まだもう少し飲みたい気分ではあったが、彼女を送って帰る事にして、店を出た。
店の外で、タクシーを捕まえる際に
「代々木だよね? どの辺? 送るから、帰ろうね?」と私が言うと、彼女はからくり仕掛けの日本人形のように身体を振って、いやいやをした。
流石に私も困りはてた。
しかし…… その時私の中の困惑は、同時に興奮を生み、心臓の鼓動は不規則に高まった。私は彩葉を見た。
小さい…… あまりにも彼女は小さく、可憐で潔白な少女のように心細かった。
「ホテルにでも行って、少し休む?」
しかし、私の口は後先を考える事無くそう囁いていた。
彼女は顔を上げ、黒く細い瞳で私を見上げると、瞼を震わせて、こくりと頷いた。彼女の黒い髪が数本、濡れた唇に絡まっていた。