愛でられて-1
「先輩。私の処女、もらってもらえませんか?」
彼女の問いに、思わず面食らってしまって、僕はすぐには答えられなかった。
彼女は杉本 華奈 (すぎもと はな)
去年の新卒で、僕 武田 隆二 (たけだ りゅうじ)の部署に配属されて来た新入社員。
主に企画プレゼンを行うための下調べや諸々の調査が仕事だ。
彼女は本当に大卒?って思えるほど身体は華奢で背丈は小さいのだけど、その中身たるや凄まじいばかりのパワーを秘めていて、猪突猛進タイプの子だ。
行動力があり、いつも額に汗をかくほど一生懸命なので、その熱意に絆され、僕も特別な目で彼女をサポートしていた。
新卒がいきなり企画を出したり、仕事の面で先輩を差し置くなど、当然出来る訳もなく、新入社員としての洗礼はいつも受けていた。
失敗する度に落ち込む彼女。
それを支えて指導していくのも僕の仕事だった。
いつしか直属の後輩として信頼関係が成り立ち、1年も経つと阿吽の呼吸で仕事が出来るようになっていた。
ある企画がクライアントに通り、その打ち上げを終えて、電車待ちの時間を潰そうと喫茶店に入った時だった。
冒頭の言葉が彼女から発せられた。
「どうして僕なの?もっと年が近くて若さ溢れる奴は他にもいるじゃない。」
思わず出てしまった拒絶の言葉に彼女は困惑の表情を見せた。
「だって先輩、半年ほど前に彼女にフラれたって言ってたから···」
確かにそうだ。
その頃付き合ってた女の子に結婚を匂わされ、のらりくらりとかわしていたら、三行半を叩きつけられた。
要は煮えきれない男に愛想を尽かした訳だ。
「私、ずっと初めての人は大好きな人と、って決めてました。尊敬出来る人と、って。」
思い詰めたような眼差しで彼女が訴える。
「いや、だからそれは仕事として··だろ?」
本音だった。
彼女を女として見た事はない。
あくまでも可愛い後輩として成長して行く姿が頼もしかった。
「なんでそんな事言うの?」
彼女の目から涙が溢れた。
「ずっと、ずっと、好きだったのに。」
真っ直ぐ僕を見つめながら大粒の涙を流す彼女。
僕はどうすれば良いのか判らなくなった。
「どんなに失敗しても、どんなヘマやっても、先輩は頭ごなしに怒る事は一度もなかった。そんな人、今まで周りにいなかったもん。私、後先考えずにいつも突っ走るから、失敗ばかりで、いつも怒られてばかりで···先輩みたいな人、初めてだったの。いつも優しく見守ってくれてて、本当に尊敬してて、大好きになっちゃったから、私、どうしても先輩がいい。結婚してもいいって初めて思えた人なの!誰でもいい訳じゃないもん!」
大粒の涙を零しながら彼女は真っ直ぐにそう言い放った。
そうか。
そんな風に想っててくれたんだ。
思えば彼女を大切に見守ろうと思ったのは、その直向きさだった。
いつも愚直に前を向く姿勢に惚れ込んだんだ。
その彼女が真っ直ぐに僕を想ってくれている。
一瞬で彼女を見る目が変わった気がした。
これほど真剣に想いを伝えられた事など32年の人生ではなかった事だ。
この想いに応えなければ、男ではない。
そんな思いが頭を駆け巡った。
「杉本、わかった。ありがとう。ここまで言われて無下にしたんじゃ男じゃないよね。じゃあ、いつにする?」
彼女の顔がパァっと明るくなった。
と、同時に少しうつむき加減になり、小さな声で、「今日、同級生と飲みあるからって、親には帰らないって言ってある···」ごくか細い声で彼女は言った。
そうか。
最初から覚悟を決めて来たんだ。
僕はそれに精一杯の誠意を示さなきゃな。
「僕の部屋でもいい?」
そう聞くと、彼女は小さく頷いた。