星彩 ……… 第二の物語-1
『 星彩 ……… 第二の物語 』
夢を見た。色のついた、匂いのある、記憶のどこかにある視線の夢を。
わたしの記憶の中に散りばめられた星空に、ぽっかりとあけられた穴から覗く視線。重さを失ったわたしの身体が星の光に抱かれるように舞い、しだいに色彩を失い、視線の渦の中へ吸い込まれる。それは、わたしが、わたし自身を求めて、もがいているような夢。
目を覚ましたわたしは、見たばかりの夢の欠片をたどり始める。
あたりは菫色に染まった黄昏に沈み、どこからか夏草の匂いが漂い、瑞々しい風の音が聞こえたとき、わたしは男の子といっしょに草原の丘に座り込んでいたが、それはわたしが十七歳のときの学校の帰りだったのだろうか。わたしも彼も制服姿で、彼は鞄を足元に置いたまま手のした細い筒の望遠鏡を覗いていた。彼は同じ高校の同級生だったが、わたしは彼のことをよく知らなかった。でもいつからか彼がわたしのことをいつも見ていることを敏感に感じ取っていた。
その望遠鏡でわたしを見ていたでしょう。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ぼくはこの望遠鏡でいつも星を見ているけど、もしかしたら、きみを見ていたかもしれない。
やっぱりわたしのことを見ていたんだわ。
この望遠鏡であの星を見てごらんよ、とてもきれいだから、と言った彼の言葉はわたしの問いに答えていなかった。でも、わたしはなぜかとてもうれしかった。
手渡された望遠鏡を覗いて菫色の夕空を見ると煌めいている一番星が丸い黒枠の中に見えた。きらきらと煌めいている星は蜜色に濡れた光を放っていた。
そのまま眼を閉じてごらん、瞼の中に何かが見えるよ……。
わたしは瞳を閉じたまま望遠鏡を顔から離す。煌めいていた星の光が瞼の中に砕けた宝石のように拡がる。そのとき彼の手がわたしの肩を抱いた。彼の体温が甘く伝わってくる。唇が重ねられた。わたしは瞼の裏に煌めく星の光を吸い込むように彼を受け入れた。
あの男の子の夢を見てからずっとわたしは、誰かの視線を背中に感じるようになった。振り向くと誰かがわたしを見ていた。誰なのかわからない。視線の気配だけが残っていた。最初、わたしはその視線の微かな気配に慣れなかった。気配は何かを響かせ、わたしに何かを囁いているような気がした。遠い記憶の奥を奏でるような響きは木霊のようにいつもわたしの中に残り続けている。それはきっと夢の中の男の子の視線だと思うようになった。