星彩 ……… 第二の物語-4
わたしの体の中で何かがざわめき、何かが穿たれ、何かがえぐり出されていくようだった。
老人は手にした下着を畳の上にきちんとたたんで置くと、ゆっくりと立ち上がり箪笥の引き出しから、ずっしりとした色褪せた縄の束を取り出した。
「あなたを縛らせてもらいます。女性を縛るのはあたしの性癖でね。でもこの縄にふさわしい女性はなかなか現れなかったが、やっとあなたという女性に巡りあえた。あなたがこの縄が求めている女性だということが縄を手にしているあたしにはよくわかります。縄であなたを縛ることは、あなたにとっても、わたくしにとっても、互いの心と体を開くためにとても良いことだと思います」
老人の声がすっと頬を通り過ぎる。彼が手にした縄の鈍色の光沢がわたしの肌に吸いつくように這っていく。ただそれだけで心と体の奥がもっとゆるんでいく。そしてゆるむことによってわたしの中に潜む何かが蠢きはじめる。
老人はわたしの両腕を後ろ手にねじると背中のなかほどで重なった手首を縄で縛り、乳房の上下に縄を喰い込ませた。いつのまにか張りをなくし、垂れ気味の乳房が縄に締め上げられ、息吹いたように縄のあいだからいやらしい肉の陰影を見せる。自分の胸なのに自分の体の一部ではないようないやらしさを感じたことが不思議だった。
縄を操る老人の指の感触を肌に感じた。まるでわたしがそれを望んでいるような感触だった。そんな感触を嘲笑うように淡色の乳首がそそり立っている。無防備な自分を老人に晒し、肉体と心を彼に奪われる……そう思ったとき、わたしは底の見えない泉の奥に密かにあふれ出す自分の欲情の響きを聞いたような気がした。
縛られるのは初めてではなかった。夫と結婚する以前、関係を持った男は、わたしより五歳ほど年上の広告代理店のデザイナーだった。彼とは夜の酒場で知り合った。肩まで髪を伸ばした背の高いハンサムな男だった。
初めて男に誘われたとき、彼がわたしの体を求めていることを彼の視線に敏感に感じた。彼はわたしのことをとてもかわいい女だと言ったが、なぜ、わたしなのかわからなかった、わたし以上のもっときれいな女性が彼にはふさわしいような気がした。
キスをしたが、なぜか男はすぐに体の関係を求めなかった。いや、彼はセックスよりももっと深い関係をわたしに望んでいた。それでもわたしは心を奪われるようにその男とつき合い始めた。彼を好きになった。溺れるように愛し、愛し過ぎた。そしてわたしは彼に心と体のすべてを開き、ゆるした。
彼は玄人のサディストだった。ベッドの上で縛られたわたしは、ありとあらゆる部分を彼の視線に晒され、眺めつくされた。わたしは彼に自分の心の奥底まで見られているような気がした。肉体以上のわたしを彼に見られることに無防備に酔い、溺れた。そのときわたしは体の奥に刺し透される懐かしい視線と言うものを感じた。そして《誰かに見られること》の遠い記憶がよぎったが、それがあの男の子の視線だとはそのときは気がつかなかった。
きみって縄がよく似合うよ、それに縛られたきみの顔はもっと可愛らしくなる……。
男の巧みな言葉と彼の指で操られる縛りによってわたしの心と体は解き放たれ、彼の視線のなかに吸い込まれていった。わたしはそのとき初めて知らされた。身も心も男に縛られたとき、女はもっときれいになろうと喘ぐものだと。たとえ男にどんなことをされても。
愛しているから、虐めたくなるって男の気持ちが、きみにはわかるだろう、と彼はわたしの耳元に甘く囁いた。わたしは彼の言葉を信じた。彼に《そんな女》として囚われることをどこかで望んでいたのかもしれなかった。