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アンソロジー(三つの物語)
【SM 官能小説】

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星彩 ……… 第二の物語-3

老人に支払うお金はなかった。すでに貯金は底を尽きかけていた。結局、わたしは滞った家賃の支払いの代わりに老人に体をゆるした。それを拒む自分がわたしの中にいなかった。自分がいつのまにか《そんな女》になれることに気がついた。そんな女ではないと自分では思いながらも老人を拒まないもうひとりの自分の体が嘲笑っていたような気がした。そう思った瞬間から体がゆるみ、老人がどれほど陰気で醜悪な顔をしているといいながらも、わたしは自分のなかの肉体の倦怠と寂しさに背中を押されるように彼に媚び、体を差し出したのだった。

かわいい顔をしているね。今の長屋に引っ越してきたとき初めて会った老人は、やっぱりそう言った、十七歳のときも、三十八歳のときも、そして四十九歳なった今でもまわりからそう言われることがある。
かわいいと言った男たちの目は、わたしの顔を透かすようにわたしの中を覗き込む。それは体の中に染みていく。わたしに向けられる視線は、なめるように身体を這い、輪郭をなぞる。まるでわたしの衣服を剥ぐように、下着の湿り気を嗅ぐように、恥丘から陰毛を毟るように、体のすきまに忍び込んでくる。そしてわたしの窪みに触れてくる。それをゆるしている自分にわたしはふと気がつくことがある。
わたしはきっと隙(すき)がある女に見えるのかもしれない。なぜか今、あらためてそう見られることが嫌だと思った。なぜなら十七歳のときに出会った、あの男の子の視線を感じた自分の身体を忘れたくなかったからかもしれない。それはあのとき見た彼の夢のせいだった。
あの男の子の夢なんてこれまで見たこともなかった。彼はわたしの遠い記憶の中に埋もれていた。でもわたしは彼の夢の中の視線を意識することで体の奥深い壺のようなところにさらさらと湧き出る透明な泉のようなものを感じた。そして置き去りにされた十七歳のわたしを意識するようになった。
同時にわたしは、あの男の子の視線を意識した自分を汚したくなったのもほんとうだった。わたしはもうそんな年齢の女ではない………遠いところで閉じられた自分が忌まわしいとも感じたとき、ひりひりするような汚れに堕ちていきたいとも思った。そして醜い老人に体をゆるし、嗅がれ、触れられ、弄られ、いたぶられることで、わたしはいつのまにか自分の中に潜んでいる女の物憂い肉体のゆるさと放恣に気づかされた。


 老人の卑猥な視線は生ぬるい空気となってわたしの肌に纏わりつき、無数の蛞蝓(なめくじ)のように這いまわった。老人はわたしが脱ぎ捨てた下着を手に取り、淫猥にその醜くゆがんだ鼻をあてる。つるりとした顔の額や頬に刻まれた細かい皺がゆるみ、蛇の鱗が擦れるような息づかいが聞こえた。
「とてもいい匂いです。女性の下着の匂いを嗅ぐのは何十年ぶりでしょうか。最後に嗅いだのは、死んだ女房の遺体から剥がした下着でしたね」
 ぞっとするような不気味な声だった。全裸で立ちすくんだわたしの目の前で、老人はわたしの下着に唇を絡め、溺れるように嗅ぎ、鼻を鳴らし、淫らな息をしていた。
「あなたの肌のぬくもりと体液の匂いが感じられます。あなたの膿んだ肉体の柔らかさ、艶めかしさ、香しさも。それにあなたの心の奥底も、あなたが体に刻んでいる記憶も、でしょうか」
 老人は低い声を咽喉に軋ませるように言った。



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