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アンソロジー(三つの物語)
【SM 官能小説】

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星彩 ……… 第二の物語-2


わたしは今年、四十九歳になる。七年前に交通事故で夫を亡くしてからわたしはずっとひとりだった。再婚を勧められた男性もいたが気が向かなかった。夫が残した借金の返済もあり、今はスーパーの店員とビルの清掃の仕事をしている。
いつのまにか自分が未亡人という氷の棺(ひつぎ)のような冷ややかな言葉に閉じ込めていることにため息をつくこともある。恋愛という言葉に対しても無意味な想いを描かなくなったのはもう遠い昔のことだ。今さら……でも……という微かな想いは胸の中をよぎるが、そういう男性を自分がほんとうに望んでいるとは思えなかった。

その日の夕方、清掃の仕事から戻り、わたしが住んでいる古い長屋の玄関の扉を開けようとしたとき、不意に背中に視線を感じた。振り向くと背が高く痩せた老人が立っていた。灰色のジャージ姿の老人は、髪の抜けた頭皮に斑の染みを滲ませ、ゆがんだ能面のような、のっぺりとした顔をしていた。
すでに八十歳近くの老人はわたしが住んでいる長屋の大家だった。妻を三十年前に亡くしたという老人は長屋の近くの広い屋敷にひとりで住んでいた。
「ここのところお家賃が入っていませんが」老人は淫靡な低い声でそう言った。
「すみません、来月にはまとめて入金しますから」と、わたしは小さな会釈をした。
 老人の視線はいつのまにかわたしの体の輪郭を這い、胸元に忍び込み、腰からお尻の線をなぞっていた。ねっとりとした老人の視線の感覚は、なぜかわたしが見た夢を知っているように、夢のまわりを嘲笑いながら徘徊し、アメーバのように絡んでいくように感じられたことが不思議だった。わたしはあの夢を見たときから、誰かの視線にとても敏感になっていた。
老人の視線はいやらしい視線だった。汚らわしい視線だった。わたしを裸にして心まで無理やり剥いでいく視線だった。そしてわたしの心と体の内側を淫らに蝕んでいく視線だった。

「お金、ないのでしょう。あなたの顔をみていればわかりますよ」老人は薄らとした笑みを浮かべ、わたしの胸を舐めるように見ていた。
「お金でなくても、あなたには払えるものがあるでしょう。あたしはそれでもよろしいですよ。でないと今すぐにでもここを立ち退いてもらわないといけない」
老人はそう言いながらわたしの胸元あたりについているカーディガンの小さな毛玉を指でつまみ、体をなぞるように服から払った。
細く長く、ひょろりと伸びた卑猥な指だった。とても醜い指なのに、それはわたしの衣服も下着も透かして侵食していく予感をいだかせる指だった。なぜかわたしは老人の一瞬だけ触れた指に濃厚な疼きを感じた。
 老人は老いているから醜いのではなかった。ねっとりと絡みついてくるような顔がもともと醜いのだと思った。老人の太い鼻と狐のような眼、乾いた厚い唇、肉が削ぎ落されたような頬……細面の老人の顔はどう見ても狡猾で卑猥で、醜悪な印象を与えた。ただ、わたしは彼に触れられた指に心の奥底をなぞられたような気がした。わたしが触れて欲しい部分に老人の指は確かに入り込んできた。 
皺枯れた薄い皮膚で包まれた骨だけのような指。なぜかわたしはその指を男性器のように感じた。わたしに与えられるものは、こんな指のようなペニス……それはわたしの自虐的な疼きにほかならなかった。そう思ったとき、もしかしたらこの老人は今のわたしにふさわしい男ではないかと、一瞬そんな惨めな想いがわたしの中をよぎった。そう思うことがなぜかわたしの体を自分の意思とは別のところでゆるませた。



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