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熱帯魚の躾方
【SM 官能小説】

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小説-1

 「先生!何ボーっとしてるんですか?コーヒー冷めますよ!」「ん?ああ。」「また、お姉ちゃんのこと?」グレーのスカートスーツを着た美羽とソファーのコーナーで膝を突き合わせている。
 
「まだ、連載始まったばかりだし、先生は早すぎるんじゃないか?しかし、よく新入社員なのに編集担当になれたね?」「えへっ、私優秀ですから。」「何となく聞いてるぞ。お母さんと編集長が学生時代の元恋人だって。」「あれっ?どこから?」「編集長が飲みに誘ってくれてね。」「んっ、もう…。バカオヤジ!」

「先生?」「先生はやめてくれ!」「じゃ、御主人様!」ブッとコーヒーを吹きかけた。
「それもダメだ。」「嫌です!じゃ、先生で!」

 勿論、小説の中では、登場人物の名前は変えてある。
 中山沙莉→松山理沙、菰田拓哉→武田真也、菰田梨花→武田美夜、鶴賀美羽→宇月瑠衣、主な登場人物はこんな感じだ。

  年末を迎える頃、テレビのバラエティ番組で沙莉がファッションショーで堂々とランウェイを歩く映像と現地レポーターからのインタビューが流れていた。
「初めてのパリコレは如何でしたか?」「いや、もう緊張しちゃって…。皆、カッコいいから…。」笑顔で溌剌と答える沙莉が画面の中にいた。
 あの美しい熱帯魚は、私が追い込んだ小さなクリークを飛び出して、世界という大きな湖を泳ぎ始めたのだ。

 沙莉はトップモデルとして活躍しながら、「フランスお気軽お散歩」という番組にも主演している。沙莉が気まぐれにフランスの名所を尋ね歩くという番組だ。ワイナリー、街、港、遺跡、工場から一般家庭。辿々しいフランス語で言葉の壁を超えながら各地を巡る。VOGUE誌を始めとしたファッション雑誌に載ることも多く。「東洋のダイヤモンド」とも呼ばれている。

 私はアクアリウム菰田の経営と官能小説家として二足の草鞋を履き始めた。小説と言っても沙莉との日々を綴った日記を少しシチュエーションを変えて書き直しているだけだ。
 こんなドロドロとしたSMの世界を一般誌の読者が、読んでくれるのだろうか?日々、疑問に思いながら筆を走らせている。

 アクアリウム菰田のほうは、水産大学の研究室も兼ねていて、初々しい大学生達がサクラバイオレットの研究も兼ねて手伝いに来てくれるし、他にパートの女性二人が交代で切り盛りしてくれているから、それなりに安定している。

 美羽は沙莉と暮らしていたマンションを出て、職場に近い1LDKのマンションに住んでいる。年下彼氏と半同棲の生活が楽しそうで、ちょっとしたSMプレイまで楽しんでいるようだ。

 晩酌をしながら「ゆく年くる年」を観ていた。昨年の年末は沙莉が居て楽しかったなぁ。年越しそばを作って、一緒に食べたなあ。
 目の前に笑顔を浮かべる沙莉が見える。可愛かった、何より誰より可愛かった。

 翌年五月…。

「先生、大変ですよぉ〜!」夕方、自宅に美羽が乗り込んで来た。「どうしたの?突然来て。」「『熱帯魚の躾方』が正樹賞ノミネートされたんですよ!」「えっ?どういうこと?」びっくりし過ぎて事態がよく呑み込めない。
「だーかーら!『熱帯魚の躾方』お姉ちゃんのことを書いた本が正樹賞ノミネートされたんですよ!」「ま、マジか?」
 連載後、電子書籍とともに出版されたが、内容が内容だけに全く賞など期待していなかった。次回作を強く求められたが、フィクションが書けるような実力は私にはない。今は作家活動は一旦休止している。 

「えーっ?結果発表はいつ?」「来月中旬ですよ!先生上がっていいですか?」「あ、すまんすまん!上がって!」冷房の効いたリビングのソファーへ座った。

「お姉ちゃんとは?」「連絡も取ってないよ。スマホも番号も変えたしね。」「手紙来たでしょ?」「ああ、でも読みたくない。」「まだ、お姉ちゃんのこと愛してるんでしょ?」「うん、そうだが…。彼女の未来に私は要らないよ!」「御主人様のそういうとこ何か納得出来ないなぁ。」いつの間にか御主人様に戻っている。美羽もあの頃を回想しているようだ。

「お姉ちゃん、来年帰ってくるって、会わないんですか?お姉ちゃんもまだ御主人様のこと…。」「ストップ!もうやめてくれ!彼女とは別れたんだ。」美羽がため息をついて黙り込んでしまった。

「私は風呂に入るから適当に帰って、編集長にも宜しく。」湯船に入った。これ以上、美羽と沙莉のことを話していると辛くなる。別れてもう半年経つというのに毎日のように沙莉の顔が浮かぶ。
 ガチャリと音がして風呂場のドアが開いた。「あ〜寒い!」「おい!ちょっと!」「だってぇー!冷えちゃって!」美羽が湯船に飛び込んで来た。「えへへっ、一緒に入るの三年ぶりかな〜?」「こらっ!もうすぐ結婚するんだろ?」「前も言ったじゃないですかぁ。御主人様は特別だって。」隣に座る美羽の肌が触れる。美羽もかなりの美人だし、社会人になって色気も増した。今の私には危険過ぎる裸体だ。

 美羽が左肩に頭を乗せた。「私、だったら大丈夫ですよ!お姉ちゃんもきっと怒らないし。」「気を遣ってくれるのは有り難いが、そういうのはやめてくれ。」「あーっ、そう言うと思った。」美羽が頭を離した。
「でも、一緒に入るのはいいでしょ?」「おいおい、もうすぐ人妻になるんだぞ!」「だってぇ、御主人様淋しそうだもん!たまにはいいでしょ?浮気じゃないし。」美羽が考える浮気の基準が理解出来ないが、一緒に風呂に入るのはさすがにまずいだろう。


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