あの男との出会い-5
「援交か。。。 セックスなんて、ちょっと恥ずかしさを我慢してれば過ぎてしまうのだから、大した問題じゃないわ。きっともう痛みも感じないだろうし、でも、お金はどれぐらい貰えるものなのかしら? お母さんに渡すお金を増やすにはそんな事でもしなければ絶対に無理だわ。私にも出来るのかしら? セックス自体は大丈夫だと思うけど、 あ〜怖いわ。怖い。知らない男と二人でホテルに入るなんて怖すぎるわ」
私はその時、セックス以外の何かもっと残虐であったり、悪臭のするひどい醜悪な物に対する漠然とした恐怖に震えました。
「あの子たち怖くないのかしら? 無理よ。無理。私には出来ないわ」
そしてそのまま今日まで、胸の奥深くに封印してしまったのです。そしてその思いを覆っていたカサブタが突然剝がれて、鮮血が滲む傷口が姿を晒すように、卑猥な心が顔を覗かせました。
「あの男が相手であるならどうだろう?」
私は、野宮さんの冷たい視線を携えた笑顔を思い出しました。年齢に沿ぐわず、白髪は目立つものの艶やかな短く切りそろえられた髪。真っすぐに通った鼻筋。薄い眉の下の瞳の温度。薄い唇。加齢による弛みを感じさせる頬のライン。顔じゅうに散りばめられた様々な大きさの皮膚の染みは、彼がお日様と遊んできた証であると想像出来ました。微かにせり出したお腹。大きな手のゴツゴツとした指の先の爪は、いつも短く研がれていて、私は密かにその指に色気を感じていました。そして父の面影。
私は常々、人の本質や人となりは、その本人の中にあるのでは無く、その人格と対面した他人の中にこそ真実が在るように思っていました。対峙した一個人の中に見える人格こそが本質であり、故に個々人の本質は一つでありながら人類の数だけ無数に存在すると。
例えば野宮さんの指先に色気を感じる事は、私にとって彼の本質の一つであるけれど、それを感じない人にとっては彼の本質はそこには無いのです。
私は彼に抱かれることに、羞恥以外の不安を感じる部分を見つける事が出来ませんでしたし、清潔で、彼が絶対に私を痛めつけるような事が無く、私が嫌がる事を強要するような気配を感じる事は出来なかったのです。
私は野宮さんに渡された紙片を広げて、そこに書かれたIDから彼を見つけ出しました。
「琴です。登録よろしくお願いします」とメッセージを送りました。
数分後に彼から返信が来ました。
「琴。軽蔑されて連絡なんて来ないと思ってたよ。ありがとう」
「私じゃ ダメですか?」
「え? 何を言ってるの? 何をするか分かってるの?」
「分かっています。私じゃダメですか?」
その後彼からの返信が途絶えました。
「迷っているのかしら? 私では何か問題があるのかしら? 冷やかしていると思われたのかしら?」長い一時間が過ぎた頃、彼からの返信がありました。
「もちろん。そんな嬉しい事は無いよ。でも、琴とは親しく成り過ぎている。『お金を渡して、はいセックスしよう』なんて、そんな簡単な問題じゃ無くなってると思うんだ。お母さんに渡すお金かい?」
「はい」
「よし。分かった。取り敢えず一度話をしよう。来週の木曜日のバイトのシフトはどうなってる?」
「十一時、十七時です」
「よしじゃあその日、バイトが終わったら直ぐに家に来てくれないか? 外で話すのもマズいだろ?」
「そうですね。伺います」
そして彼から家の住所が書かれた返信がきたのです。
私はその時になって、事の重大さに気付きました。突然心臓が激しく乱れ打ち出しました。私は息を深く吸って、狂いだした心臓を宥めようとしました。
「大丈夫。明後日は取り敢えず話をするだけだから」