スキャンダル-2
「ファンの男性に何か一言をお願いします。」これには沙莉も笑って答えた。「いつも応援して頂いてありがとうございます。心より感謝をしています。」立ち上がり、深々と頭を下げた。「もしも、ですが…。私を恋人にしたいと思ったら、貴方はどうしますか?芸能人だから諦めますか?それとも、命懸けで私を奪いに来ますか?指を咥えて見ているだけでは何も出来ません。追っかけとかも無意味です。ファンとして熱帯魚を観るように私を楽しむのも、個人の自由ですが、彼は命懸けで奪いに来た人です。お金持ちでもハンサムでもありません。」
司会の女性から「最後に一言お願いします。」
「彼は私が心から愛する人です。彼の為ならこの命すら惜しくもありません。記者の方々、今テレビをご覧の方々、貴方達には心から愛する人が居ますか?自分の命よりも大切にしたい人は居ますか?私は、愛する二人を守る為にこの会見を開きました。もしも、彼等の生活や仕事に例え些細なことでも悪影響があるならば私は決して許しません。貴方達も同じように思うはずです。」
少し間を置いた。会場が静まりかえる。
「記者の方々、テレビの前の視聴者の方々も温かく見守ってくれる優しい心の持ち主だと思います。もしもですが、私の大切な人達に迷惑が及ぶならば、私は今すぐに芸能界を引退し海外でのみお仕事をさせて頂きます。またプライバシーを侵害するという行為については、担当弁護士を通じて告訴させて頂きます。最後にキツい言葉で締め括りますが、私いや私達の心情を察して頂ければ幸いです。本日は、ありがとう御座いました。」立ち上がり深々と頭を下げて退席していった。
テレビに吸い寄せられ身の毛が逆立つようだった。あのあどけない少女のようだった沙莉が、大女優なみの貫禄と迫力を持つようになった。何だかとんでもない怪物を造ってしまったような気がしたが嬉しかった。気がつくと頬に涙が伝っていた。
業界は騒然となり、賛否両論が沸き起こるが沙莉を擁護する大物芸能人が何人も現れ、彼女を支持する女性ファンが爆発的に増えた。沙莉は正に愛と性の女神アフロディーテとなった。バラエティ番組では、沙莉の恋愛相談コーナーまで出来た。
この記者会見が海外メディアにまで拡がり、業界で話題となった。賛同する海外の著名人が次々にコメントを発表。沙莉はこの大き過ぎる逆境をプラスに変換させて、完全に自分の物にした。
夏の五大都市コレクションではランウェイでの一歩一投足まで評価され、沙莉の髪型やメイクを真似る女性が増え、「サリーヘア」とか「サリーメイク」と呼ばれブームにもなった。
主演映画の撮影が始まり、最大手の化粧品会社のCMにも起用され、雑誌から街中まで沙莉だらけになった。テレビではバラエティ番組を中心に沙莉を観ない日は無かった。
Canelとのモデル契約も締結し、この冬のパリコレクションから大舞台のランウェイに立つことになった。
記者会見をして、国内での芸能活動は暫く休止することを発表した。各メディアや雑誌に「サリーファン悲痛!」と報じられたが沙莉を応援するファンの声は温かった。
フランスへ発つ二日前に沙莉とホテルで会った。別れを告げるためだ。
「何で呼ばれたかは、わかっています。」この数ヶ月の間、私が考えていたことを全て話した。沙莉は黙って頷いて聞いている。
「私もずっと覚悟してました。沖縄旅行の時、御主人様が淋しそうな顔してる時があったから…。これで最後なんだなぁ…って…。」沙莉が両手で顔を覆った。「ひっ、ひっぐ…。」沙莉の嗚咽が聞こえてくる。いつものように抱きしめて、伝わる涙を唇で拭ってやりたい。
「お前は今、日本で最も愛される女になった。男性からも女性からも同じように愛される女優やタレントなど、僅か一握りしかいない。ここで満足するな!私が愛した中山沙莉はそんなもんじゃない!世界中の誰もが最高だと言える女だ。世界で指折りの女になれ!」
「わ、私、絶対に世界一のモデルで女優になって、帰ってから…。帰って来たらもう一度…。」
「私のことは忘れなさい!これからも数え切れないほどの出会いがある。もしも、何時か…お互いの運命が引き寄せることがあれば、自然と出会える。」
「いやっ、やっぱりいやっ!一緒にパリに行ってください!お願い!何でもするからぁ!」
「沙莉。大人になりなさい!私には私の仕事と使命がある。我儘でたくさんの人達に迷惑をかける訳にはいかないんだ。お互いこれからは、独りでの戦いだ。道は分かつけど、ずっと応援してるよ!さようなら…。」
泣き続ける沙莉を置いてホテルの部屋を後にした。我慢して我慢した涙が溢れて、前が見えない。見たこともない道をひたすら歩いた。沙莉からの電話が入るが、スマホの電源を切った。
彼女のこれからの人生を考えればきっとこれでいい。これでいいんだ。暫くは辛いだろうが、すぐに戻るだろう。
これからは、一年前までみたいにお金に不自由することもなく、一流セレブの仲間入りだ。愛する人を見つけて結婚し、子を産み立派な母親になるだろう。
涙に滲む街の灯を見ながら何度も自分に言い聞かせるように繰り返した。
これでいい…。これでいいんだ。