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ボクとK子ちゃんとお母さんの物語
【その他 官能小説】

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なれそめ-3

 たまにお母さんと視線が合います。流し目のようでもありますが、まさか色目と使っている訳ではないでしょう。

 『先生は…カノジョさんとかいらっしゃるの?』

 お母さんも気を許してそんなことを訊いてきたこともありました。

 『いえ、ボクはそんな…』
 『先生ー、できましたー』

 ちょうどいいところでK子ちゃんに呼ばれます。

 『まだ、十分しか経ってないわよ。ちゃんと見直ししたの?』
 『じゃあ、行ってきます』

 ティーカップを片手にそんな日々を思い出していると、お母さんの声に我に返ります。

 「主人も先生に『直接お礼が言いたい』と申していたのですけど、なにせ忙しい人で…。わたしたちにできることがあったらお手伝いさせていただきますから、何でもおっしゃってくださいね…」
 「ありがとうございます…。いっぱい弾んでいただいたみたいなので論文のための文献もいっぱい買えそうです」

 心にもないことを言いながら封筒をジャケットの内ポケットに収めます。予想外の臨時収入なのに特に使うアテも思い浮かびません。せいぜいエロ雑誌を買うくらいでしょうか。それとも久しぶりにトルコ風呂にでも繰り出して気晴らしでもしてみましょうか…。

 (ああ、そうだ。思い出した。ご祝儀をもらって行ったトルコ風呂のお姉さん…ボクが童貞を捧げた…)

 「本当に遠慮なく…。わたしも、K子が進学したらもっと時間ができるし。何かしないとだらだらしちゃうから…」
 「はい? あ、ありがとうございます」

 トルコ嬢に『そう、はじめてなんだ。遠慮しなくていいんだからね?』と言われたことを思い出しました。『だらだらしちゃう』という、お母さんには不似合いな言葉。四十路を目前にして何か焦ってでもいるのでしょうか。

 『夫が忙しい』という先刻の呟きが急に生々しく思えてきました。お母さんも女の盛りということでしょうか。今までそこまで意識はしていなかったつもりでしたが、いろいろ匂わせられているような気にもなってきます。封筒の厚みが手付金か何かのように思えてくるのはボクの感性が歪んでいるからでしょうか。

(良妻賢母のなりをしてるけどたまにはオナニーしたりもしてるんだろうか…。K子ちゃんがしているとすればそれはきっと覚えたての「おなにい」。お母さんなら四十路に差し掛かった女らしく、貪欲な感じで耽ったりも…)

 この期に及んでボクの妄想は膨らんでしまいます。名残り惜しそうにもしているお母さんを目の前にボクは迷い出します。お母さんが言った通り『遠慮しない』で手でも握ったらいいのでしょうか。

 でも、ボクの見当違いだったら目も当てられません。せっかく娘を難関校に合格させた功労者として有終の美を飾っておくというものでしょう。

 「ありがとうございます…。今日はK子ちゃんに会えなくて残念でしたが、高校生活も頑張って…とお伝えください」

 別れ際という気安さもあって、お母さんの全身に視線を送ってみます。細くもなく太くもなく、殊更お色気が匂い立っている訳でもないのですが、ごく普通な雰囲気に女を感じてしまうのは、ボクもいささか感傷的になっているからなのでしょう。

 「お忙しいでしょうけど、家庭教師、続けていただけないか考えてくださいね…」

 (トルコ風呂でもお姉さんに『また、おいでね』と言われて何度も通ったけど、好きになってしまいそうでほかの店に行ったりして。そのうち会えなくなってしまったな…)

 ボクはそのまま外に出ました。玄関にお母さんが飾った花の濃いピンクの色が目に残りました。

 玄関先でもお母さんは何か言いたそうでした。もう会うこともないのですから、握手を装って手ぐらい握ってもいいかとも思いましたが、結局勇気も出せずそのまま家を後にしました。

 K子ちゃんの家を出てから一時間ほどでボクはアパートに帰ってきました。家賃の安さだけで選んだボロアパートです。歓楽街がすぐ近くにあるので、夜になると酔客がうるさかったりするような一角です。

 陽気もよくなってきて部屋の中が暑いです。ボクは窓を開け放ちます。隣の廃屋のような家の波とたんの壁でほとんど覆われていますが、生暖かい風が入ってきました。

 封筒の中をあらためると月謝の三倍の額が入っていました。便箋が折り畳まれて入っています。桜の花があしらわれた和紙の便箋にお母さんの謝意が流麗な字でしたためられていました。最後に名前が書いてあります。次の行には住所も添えてありました。

 思っていた以上の額をもらったこともあり、ボクからも礼状を出すことにしました。『家庭教師のことは少しお時間をください』と書こうと思いましたが、未練がましいと思われそうでやめました。でも、お母さんからの礼状にならう素振りでボクも末尾にアパートの住所も添えてみました。


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