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妻を他人に
【熟女/人妻 官能小説】

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始まり-4

 だめだだめだだめだ――。

 また悪い癖が出た。
 ごめん、ゆき。
 私は顔を上げ、正面にずらりと並ぶホテルの窓のどこかにいるかもしれないゆきに謝った。

 私には妻が身を売り、風俗に堕ちたりセクシー女優となる妄想に耽るという悪癖がある。子どもさえいなければ、妻に風俗の体験入店などさせるアダルトビデオでよく見るプレイを楽しんでみたいとわりと本気で思ってしまうし、ボイスレコーダーなどでゆきの裏切りに直面するたび、心の中で彼女を罵倒し、侮辱し、「風呂」に沈められるストーリーを妄想しては股間を固くしてきた。
 無論これは趣味のようなもので実際そうなることなど望んでいないし、現実になるとも思っていなかった。これまでは。

 今は違う。
 誰かがその気になれば、私の妄想はすべて現実となる可能性がある。
 週刊誌が、あるいは記者個人が、他の関係者が、はたまたWが、金のため、何らかの利益のため、ゆきを脅して利用するおそれは否定できない。
 そんなのはだめだ。
 ゆきが可哀想だ。

 たしかに私はゆきとの別れを選んだ。
 あまりにも重大な、私も初耳の裏切り行為が次から次へと出てきたからだ。
 私は妻に怒りを覚え、離婚を決断した。不本意ながら、ゆきの言っていたとおりの事態となった。
 しかしたったひとつ、彼女の目論見どおりにならなかったことがある。

「今日パパは私のこと嫌いになるの」

 ゆきはそう言ったが、まったくなっていない。
 我ながら困惑している。
 昨晩はそこまで考える余裕はなかった。朝起きて、まだゆきを愛していることに気がついた。残した手紙に未練が混じらぬよう、努めて事務的な内容になるよう苦心した。感傷に浸っているだけなのかもしれないと考えたからだ。
 しかしどうやら、そうではない。

 今や離婚が避けられぬ運命だとしても、ゆきに不幸になってほしくはない。
 慰謝料もいらない。
 一緒に住むことはできないが、新しい人生は幸せなものとなってほしい。
 子どもたちとも普通に会ってほしいし、時がくれば息子らに母と父、どちらについていくか選ばせることだってありえる。

 彼女は過ちを犯した。許されないレベルの過ちを数多く犯した。
 しかし今にして思えばゆきを寂しがらせた自分にも原因がある。子どもたちが小学校に上がるまでゆきは本当にヘトヘトだった。そんなとき私は独りよがりなセックスしかできず、何度かベッドで背を向けられ、やがてセックスレスになった。巨大掲示板や「なんとか小町」でセックスレスのお悩み相談をすれば私は袋叩きに合うだろう。
 そんな状況で、孤独な人妻が魅力的な男に言い寄られたら? そんなとき女は、ゆきは、浮気するとZも言っていた。
 無論不倫も唾棄すべき所業としてネットでは叩かれる対象である。しかしそこへ至る事情を仔細に見れば、一方にのみ責を問えないケースも多いのだ。

 私のことを愛しているという彼女の言葉も嘘とは思えない。泣いて懺悔したゆきの言葉が嘘とは思えない。聞いていないことまで告白してくれた。いくらでも隠しておけることまで。
 動画の中であれだけ色々な男に愛をささやく女の言葉を信じるなど、狂気の沙汰だと冷静な自分は警告を発するが、警告に素直に従えない自分がいる。
 Yと浮気していた前後数年間、ゆきが私への愛を失いかけていたのは事実だろう。しかしその亀裂があったればこそ、そこから復活した私たちの関係が嘘っぱちの愛とは思えないのだ。

 希望的観測すぎるだろうか。そうかもしれない。
 妻への怒りと失望、そして変わらぬ愛の間で私は揺れ動いている。

 気がつくと私はスマホを手に取っていた。

 いまゆきは何をしているのだろう。
 ホテルには無事着いたのだろうか。母親には会えただろうか。
 妻は私の怒りも別れも覚悟してはいたようだが、いざその事態に直面し憔悴していた。

 アドレス帳の「ゆき」の文字をタップする。

 プルルルルル――。
 プルルルルル――。
 プルルルルル――。

 いったい何を話す?
 手紙で書ききれなかった要件を伝えるだけ。それだけだから。
 夫が妻に電話して、何が悪い?

 プルルルルル――。
 プルルルルル――。
 プルルルルル――。

 なかなか出ない。後で掛けなおそうとしたその瞬間、電話がつながった。


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