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妻を他人に
【熟女/人妻 官能小説】

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終わり-4

 あ、ここは――。

 感傷に浸りつつ街を歩いていたら、いつの間にか、ゆきのために予約したビジネスホテルの前に出た。
 今、ゆきはこの中にいるのだろうか。部屋はどこだろう。仕事だからここにはいないだろうか。気にしたところで別に会いに行くわけでもなし、会えば会ったで昨日の怒りと悲しみがぶり返すだけ。
 ただ、なんとなくそばにいたくて近くのカフェに入った。このカフェもゆきと何度も訪れた店だ。

 ホテルを正面に望む窓際の席に座る。やることは特にない。
 それがいけないのだろう。考えなくてもいいことが次から次へと脳裏をよぎる。かといって本を読んだりスマホをいじる気にもならない。こんなことなら仕事に行けばよかったのだなと今になって気がついた。

 ゆきは今どこで、何をしているのだろう――。

  *

「す、すみません……」

 すぐ我に返り上司から距離をとるゆき。抱き寄せたのはWなのだから謝る必要などなかったことに、謝ってから気がついた。頭が混乱している。

「私のほうこそ、Oさんを守りきれずすまない……」
 いちど離れたゆきの肩をWがもう一度引き寄せる。
 前のめりにバランスを崩すゆき。二人の身体が再度密着した。
「少しだけ……こうさせてくれないか」
 女の耳元で囁くW。
「Oさん。私はVさんが怖い……情けない話だ……」
「……」
「君も私もあの人に逆らえば自分だけでなく、家族にも、子どもにも危害が及ぶ。Vさんが怖くて私はOさんを助けることもできず、辛い思いをさせてしまう……本当に申し訳ない……」

 Wの胸の中で小さくかぶりをふるゆき。

「Wさんがいなくても、私はいずれこうなっていました。Wさんは本当に私によくしてくれています」
「ありがとう。そう言ってもらえるといくらか救われる。しかし今後の君の身を考えると……」
 女を抱く男の手に力が入る。震えている。
「この気持ちを分かち合えるのはOさんだけだ」
「…………」

 互いの体温と息遣いを感じながら、二人はしばし抱き合った。

「主人と……別れたんです……」
「電話で言ってたね。いろいろ、大変だったろう」
「今夜の接待の前に、どうしても別れておきたくて……」
「Oさんは強い人だ。旦那さんやお子さんのことを思えばこそなんだろう?」

 Wの言葉にハッとする。
 誰にも理解されることなどないと思っていた心の中をずばりと言い当てられた。嗚咽が込み上げる。「この気持ちを分かち合えるのはOさんだけ」という彼の言葉は決して誇張ではない。夫にも言えない、言えるはずのない苦境を、Wだけはすべてわかってくれている。

「……それでWさんと私の過去の関係、主人に打ち明けてしまいました」
 怒られるのを覚悟していたゆきだったが、Wは「いいんだよ。きちんとけじめをつけてきたんだね」と受け入れてくれた。
「Oくんには私も申し訳ないと思っていた。二人で償っていこう」
「申し訳ありません……私が秘書課に来てから、迷惑をかけてばかりです……」
「そんなことはない。Oさん関係なく、あの調子ではいずれ私だってVさんに何かしら因縁をつけられ脅されていた。あの人はそういう人だ。君のことを迷惑だなんて思ったことは一度もない。むしろ……居てくれてよかった。とても……一人では抱えきれない……。弱い私のそばに居てくれて、ありがとう……」

 力なく笑うW。彼の口から弱音が出てくるのを、ゆきは初めて聞いた。他の誰も、彼のこんな衰弱した姿を見たものはいないだろう。
 自分たち二人がVに脅されている事実を知るのも、お互いだけ。
 他の誰でもない、この人だけ。

「私こそ、Wさんに何度も救われました。私も……弱い人間です」
「お互い弱いもの同士か……運命共同体だな、はは」
 そのとおりだと、ゆきは思った。今、この場所に、彼が居てくれてよかった。
「私はOさんのこと、絶対に見捨てない。守り、支え続ける。一緒に頑張っていこう」
「ありがとうございます……私も、Wさんが私を必要とするなら、そばにいさせてください」

 頼れるのは世界にたった一人、この人だけ。
 一人では抱えきれぬ辛い現実を、二人なら乗り越えられるだろうか。

「ははは……年甲斐もなく自分語りが過ぎたな」
「ふふふ……Wさんの弱いところを見れて、少し親近感が湧きましたよ? いつも完璧なWさんしか知らなかったので」

 二人はホテルの部屋の入口で抱き合ったまま、しばし無言で心を通わせた。

 やっぱり懐かしい匂いがする――。
 かつてはゆきを憂鬱にさせた匂い。不本意な不倫セックスに溺れた記憶と結びついた、忌まわしい匂い。
 同じ匂いが、今はまったく違って感じられる。
 少しだけ、この胸に甘えていたい。

 顔を上げると、Wと目があった。
 ゆきは反射的にうつむき、目をそらす。
 Wがまた少し強く、ゆきを引き寄せた。
 背中を撫で、ゆきの髪に鼻先を埋める。

 頬にWの指先が触れ、そっと顎を持ち上げた。
 見つめ合う二人。
 懐かしい匂いが、ゆきに近づいてきた――。


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