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妻を他人に
【熟女/人妻 官能小説】

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終わり-3

 翌日、子どもたちを学校に送り出したゆきは、静かに家を出た。

 涙は昨晩枯れ果てたと思っていたが、子どもたちを抱きしめたらまた泣いてしまった。
 二人は目を白黒させていたけどもう最後だし、気にしなかった。
 かろうじて「お仕事でしばらく会えなくなるから」とだけ、付け足した。
 その後ゆきが身辺整理をしている間に、夫はいつの間にか出社し、いなくなっていた。

「書類が届いたら、サインして送り返してほしい」

 昨晩、立て続けにゆきを三度度犯したあとに発したこの言葉が、夫との最後の会話となった。
 夫? もう「夫」って言っちゃいけないのかな。
 ともかくそれが、十六年間ともに歩んできた夫との最後。

 さあ、私はどこに行けばいいんだろう。何も考えず、出てきてしまった。
 会社には今日は休む旨を伝えた。とても仕事する気にはなれない。
 Vさんに指定された夕方まで、何もすることがないし、どこに行くあてもない。

 バッグの中に、何やら見慣れぬ封筒が入っていた。
 表面に「ゆきへ 夫より」と書いてある。まだ「夫」なんだ。
 中には三十万円とお手紙。
 見慣れた夫の文字に、胸の奥がぎゅっとなる。
 近くのビジネスホテルを取ったから、しばらくそこに滞在するようにということだった。
 十三時にはチェックインできる、ホテルの支払いは飲食含めカードで済ますから気にしないでよい、三十万円は当座のやりくり用として、子どもたちの世話は当面夫の母が来て面倒を見るから大丈夫、だそうだ。ゆきの知らぬ間にいろいろと手際よく動いてくれていたらしい。
 事務的なことしか書いてないが、最後の別れがあんなだったから、夫の筆跡がゆきには嬉しかった。

 ホテルに着くと、ロビーに私の母が待っていた。夫が場所を知らせたのだろうか。
 目があった瞬間、涙がポロポロこぼれてきた。
 母が駆け寄ってきて私の頬に平手打ちし、そして抱きしめてくれた。
 ありがとう、お母さん。

 ただ今夜のことを思うと、今は何も話す気にはなれない。
 私は短く、夫と離婚することになったこと、原因は私の不倫で夫は何も悪くないことなどを伝え、母を帰した。
「ごめんね。食事も一緒にできなくて。仕事がちょっと忙しくて。でも来てくれてありがとう。心配しないで。また連絡する」
 母はまた私を抱きしめ、帰っていった。
 とぼとぼと歩くその後ろ姿に、ゆきはごめんなさいと心の中でもう一度謝った。

 Wさんから電話がかかってきた。
 会社を休んだ私のことを心配してくれている。
 今晩の性接待について、何度もすまないと謝られた。
 私は夫と別れたこと、夫には接待のことは話していないこと、Vさんに指定されたホテルにはきちんと行くつもりであること、そして安心させるため現在の居場所を伝えた。

 三〇分後、部屋の扉がノックされたのでドアスコープを覗くと、Wさんが立っていた。

 ドアを開ける。
 彼は辛そうな顔をしていた。
 きっと私も同じ顔をしているのだろう。

 Wの両手がゆきの肩に伸び、その華奢な身体を抱き寄せた。
 かつて何度も肌を重ねた男の、懐かしい香水の匂いがした。

  *

 出勤という体で家を出たが、はじめから仕事は休むつもりだった。
 とてもそんな気にはなれない。

 とくに行くあてもなく、ただ歩く。
 家の近所はどこを見てもゆきとの思い出に溢れている。家族で何度も訪れたファミレス、公園、ショッピングモール。子供が産まれる前にデートを重ねたアジアン料理店、ラーメン屋、ショートケーキの美味しいカフェ。妻の大好きな北欧雑貨店に大型書店。ここに来ると彼女は平気で二、三時間入り浸りるので辟易した。もうそろそろなどと促すと唇を尖らせて拗ねてみせる。その顔が可愛くて、私は何度も「もう帰るぞ」と声をかけるのだ。

 駅近くの雑居ビルには、私の大好きなトレーディングカードショップがある。
 いい歳をして学生時代からの趣味を大人になってからも細々と続けているのだ。一度ゆきを連れて行ったことがある。彼女は「いつもは私の趣味に付き合ってもらってばかりだから楽しみ!」と目を輝かせついてきてくれた。女連れでこの手の店に入ると、店中の注目が集まる。ゆきのような美人ならなおのこと。
 私は得意満面の気持ちを悟られぬよう細心の注意を払いつつ店内を物色し、カードのうんちくを語ってみせる。ゆきは「ふむふむ」などと頷き調子を合わせてくれた。整った顔だちで眉根を寄せている表情がどこか滑稽で微笑ましい。無論カードゲームになど興味はないはずだが、私の趣味を尊重してくれているのが伝わってきて嬉しかった。彼女が「へぇー」だの「すごーい」だの可愛らしい声を発するたびに周囲の視線が集まるのも悪くない気分である。

 しかし帰宅後、言われてしまった。
「あのね、Oくんの趣味で行ったトレーディングカードショップのことなんだけど……」
 ゆきは結婚後もしばしば私のことを「Oくん」と名字で呼ぶ。
「趣味はもちろんいいしOくんの早口の解説も知らないなりに楽しめたんだけど、あのお店、男の人たちの汗と熱気ですごく臭かった。ぜったいお風呂入ってない人、何人かいたからね? 私完全に浮いてたしじろじろ見られて怖かった。デートで行くならもう少しお店は選んでほしかった」

 あれ? このセリフ、どこかで聞いたことがあるな。
 たまに彼女連れで来ているイキりオタクが私は羨ましかったのだ。それがやりたかっただけなのだ。言われてみれば、たしかにごもっとも。同じ失敗を、また繰り返してしまった。
 しかし期せずしてA社の誇る二大美女をトレーディングカードショップに連れて行ったことのあるのは自分くらいだろうと、ひとりほくそ笑んだ。麗美とも行ったことがあるなど、ヤキモチ焼きのゆきには口が裂けても言えないが。


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