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妻を他人に
【熟女/人妻 官能小説】

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最後の夜-1

 深夜、夫婦の寝室。

 ベッドで横になり読書している夫を横目に、ゆきはドレッサーの前で髪を整えていた。その横顔には天真爛漫な彼女らしからぬ影が差している。これから切り出さねばならぬ重大な決心を前に彼女の心は揺らぎ、夫に気づかれぬよう何度も小さなため息を吐く。
 言わねばならない。なぜか。その理由に思考が至るとあまりの恐怖とおぞましさに、ゆきはまた怯む。そんなことをここ数日何度繰り返したことか。しかし逡巡は今日で終わりにする。
 なぜなら明日の夜、私は「初仕事」を命じられているから――。

「Oさん。今週金曜の衆院議員のU先生との会食なんだが……Vさんから連絡があった。会食後、同ホテルのスイートルームに行ってくれないか。三〇〇一号室だ」
「…………」
「U先生はVさんと懇意にされている大切なお方だ。だからその……失礼のないようにしてほしい」
「Wさん、それって…………」
「すまない。そういうことだ……」
「…………承知……いたしました」
「それから……こんなことをOさんに伝えたくはないのだが、Vさんから強く言われたことがある。U先生は……『白』がお好みらしい」
「…………?」
「あと『Tバック』はお嫌いだそうだ。嫌な話をして申し訳ない」
「ああ…………」
「もしなければ当日までに買っておいてくれないか。金は出す」
「かしこまりました」

 明日の「仕事」のことは、夫には言えない。言いたくない。そもそも固く口止めされているのだ。もし誰かに漏らせば自分だけでなく、家族にも――子どもたちにも――危害が及ぶことをVにはほのめかされている。
 これから私は過去の過ちをすべて打ち明ける。夫を大きく傷つけ、そして捨てられる。夫には申し訳ないけど、今の私にはそれしかない。

 ゆきは勇気を振り絞り、夫に話しかけた。

  *

 妻が鏡に向かい髪をとかしている。

 普段と変わらぬいつもの夜。しかしこの平凡な夜は明日の夜もやってくるのだろうか。最近は毎晩同じことを考えている。週刊誌に妻の不倫現場の写真や映像を抑えられ、ポーチのボイスレコーダーが見つかった。ゆきは何も言ってこないが、新しいポーチに仕掛けたはずのボイスレコーダーも即日無くなっていた。いったいどんな思いで処分したのだろう。
 週刊誌の件も、もとを正せば私の性癖のせいなのだ。Wさんの助けで事なきを得たとはいえゆきのショックのほどは察するに余りある。そこへさらに、私に盗聴されていることが判明した。すべて私のせいだ。私のせいで、ゆきは苦しんでいる。そのことをおくびにも出さず、ゆきはいつもどおりの日常を過ごしている。しかし夫婦生活はさすがに減ったし、行為の間のゆきもふとした隙に心あらずな様子を見せるようになった。

 彼女は今何を思うのか。何か言葉をかけてやりたい。しかし何を?
 ボイスレコーダーのことは正直に謝るしかない。その上でもし許されるなら、苦境にあるゆきの力になりたい。

 私は覚悟を決め、妻に話しかけた。

  *

「パパ……」
「ゆき……」

 二人同時に口を開き、二人同時に戸惑った。声が重なれば一緒に笑い合うのがこの夫婦の常。しかしこの日はどちらも笑わない。伝えねばならぬことの重さに双方頭を支配されていた。

「パパに……謝らなければならないことがあります」
「ゆきに……謝らなければならないことがある」

 その瞬間、ゆきの目から涙がこぼれた。
 重大な告白、「離婚」の二文字、明日からの地獄。いろいろなものが一気に押し寄せてきた。
 スツールに座ったまま顔を覆い嗚咽を漏らす。夫が無言で立ち上がり、後ろから妻をそっと抱きしめる。
 温かい腕の中で、ゆきは泣いた。

 ああ、もう十分。
 これだけでもう十分だ。
 私は幸せな女だった。
 十分すぎるほど、幸せな結婚生活だった。
 パパが謝るって何を? あ、ボイスレコーダーのことかな。私疑われても仕方ないことばっかりしてきたし、しょうがないよ。私のエッチな声を聞くのが目的かな。わかんないけど。
 そう。パパは別に謝ることなんかない。
 謝らなきゃいけないのは私のほう――。

 どのくらいそうしていたかわからない。
 深夜の寝室で、ゆきは夫からの最後の抱擁をじっと噛み締めた。
 いつまでもこうしてはいられない。でもずっとこうしていたい。
 あと少し。あともう少しだけ――。

「ありがとう。ゆきは幸せ者です……」

 目を腫らし、鼻の頭まで真っ赤に染めたゆきが顔を上げた。
 夫が切ない目をして、妻を見つめている。
 たくさんの幸せを、この人は私に与えてくれた。

「でも……」

 夫にこれ以上甘えられない。
 精一杯の笑顔を作り、言葉を繋ぐ。

「……別れてください。私と、離婚してください」

  *

 妻が笑っている。
 鼻をすすり私の目をまっすぐみつめ、振り絞る声は震えている。

「今までありがとう。パパとの生活、子どもたちとの生活、楽しかったです……。離婚してください」

 なんと哀しい笑顔であることか。
 きっと思い詰めているのだろう。
 三人の男との同時不倫が週刊誌に知られてしまった。今は抑えられているが、いつまたこの問題が浮上するかわからない。Wさんの庇護下から外れたら? 彼の影響力の及ばないところで明るみに出たら? 週刊誌内部の人間がどこかに情報を売ったら? SNSなどにリークしたら? 不安を上げればきりがない。多くの人に迷惑をかけ世間に恥を晒し、侮蔑と嘲笑と哀れみの視線を一生浴び続けることになる。
 妻の決意はどこまでも不憫で、健気で、哀しい。

 私はゆきの決断に敬意を払いつつ、しかしきっぱりと離婚の意志はないと言った。
 一人で背負い込まないで欲しいと伝えた。


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