最後の夜-6
顔面蒼白の私に、ゆきの言葉が降り注ぐ。
「それだけじゃないよ」
妻が何か喋っている。
「Yくんと別れたあとも、ゆき不倫してました。また別の人とだよ?」
なんだ――?
何を言っている――?
「Gくんと二年、いや三年近くかな。浮気してました」
G? 誰だっけ?
「昔、パパと付き合う前に合コンで知り合って少しだけ付き合ってた人。あの人と復活して、しばらく不倫してました」
「Yくんと別れて少ししてから。真由の家に出産祝いに行ったことがあるでしょう? あの場に実はGくんも来てました。そしてパパは急なお仕事が入って先に帰ったの。その帰り道、Gくんとホテルに入りました。それからたまにパパに隠れてGくんと会ってました。何十回も会ってると思う」
言っている意味がわからない。
なんだ、この女は。何を言っている?
何十回? 三年? 何が? 誰と何をしていたって?
「それからWさんとも不倫してました」
は?
「最初は出張のとき、夜に襲われて。嫌だったけど触られてるうちに気持ちよくなっちゃってそのまま最後まで……。そのあとも誘いを断れずにずるずる関係を続けてました。Wさんとも三年近く。週一、二回はホテル誘われてたから百回、二百回エッチしてると思います。始まりは無理やりだったけど、その後は単なる普通の不倫」
やはり意味がわからない。Wさん? 長年尊敬し、慕ってきたWさんと不倫?
脳の処理がおいつかない。
ただわかるのは、胸の中に鋭利かつ巨大な石がまたたくまに積み上がり心臓を押し潰す感覚。
破裂する。もうしているのか。
「パパの奥さんは、GくんとWくんの二人と同時進行で不倫してました。そういう女でした」
「Yくんと別れて寂しくて、でもパパとセックスするのは嫌で……外で内緒で不倫してました」
「これがパパとセックスレスだった時期に、私がしていたこと」
この女は何を泣いているんだっけ?
さっきからずーーっと、ポタポタポタポタ目から水を垂れ流してる。
「Gくん、Wさんとはパパとセックスレスが終わるまで続きました。ううん。正確には、セックスレスが終わってしばらくはまだ続いてました」
「パパにキスマーク見つかっちゃったことがあったの。あのとき痒くてかいただけって言い訳したんだけど、あれは本当はGくんにつけられたキスマークでした。そのあと、二人とは別れました」
ああ、そんなことがあったな――。
幸せだったな、あの夜――。
「次が最後です。本当にごめんなさい」
「結婚直前……パパと婚約中の話です。独身最後の里帰りで元カレのCくんとエッチしました。Cくんは……高校時代の彼氏です。大学入ってすぐ別れたけど、帰省中にときどき会ってエッチする関係をずるずる続けてました。パパと付き合ってからはなかったけど、あのときは最後だから、パパのエッチ気持ちよくないから、独身最後の思い出に気持ちいいエッチして終わりにしようって軽い気持ちでホテルに行ってしまいました……。婚約中です。Cくんとエッチしたその身体のまま、次の日パパとウェディングドレス選びに行きました。すみませんでした」
自分はゆきの秘密を、すべてを知っていると思っていた。
とんだ思い上がりだった。
*
ああ、完全に夫を怒らせた。
夫が無言で怒りに震える姿を見て、ゆきは恐怖した。
怖いけど、でもよかった。これで嫌われた。
私のことを怒るパパの顔、初めてみたかも。
もし今後、私が性接待でいろいろな男の人に抱かれていることを万一知ることがあっても、これでパパは傷つかなくて済むんだ。
こんな女と別れておいてよかったって思ってもらえる。ざまあみろって思ってくれる。
本当によかった。
嫌われるのは辛いな。怖いな。
でももし別れないまま過ごしたとして、いつか私が性接待してることがバレて嫌われるなんて絶対嫌だ。
今ならまだ――全部自分のせい。自分の過ちが原因で嫌われることができる。
当たり前だし、仕方がないこと。
当然の報い。
パパのこと、これで諦められる。
性接待した日に、子どもたちの顔なんてまっすぐ見れない。
今までたくさんの幸せを、ありがとう。
ゆきの目から、また涙が溢れた。
さようなら――。