最後の夜-5
ゆきが立ち上がり、ドレッサーの奥から何かを取り出し、私に見せた。
「最後の日はゆきの誕生日でした。私とYくんは指輪を交換して、パパとの結婚指輪は外して、最後の三日間を一緒に過ごしました。その時の指輪を、私はまだ大事に持ってます。ごめんなさい。今年Yくんとの関係が復活してからも、ときどきつけてデートしてました」
動画で見た指輪だ。
「ゆきは……Yのことが好きなのか? 俺と別れて結婚したいのか?」
「八年前は好きでした……。あのときはパパよりも……うん……好きだったと思う」
「なぜ離婚しなかった?」
「たった一ヶ月だったから。そこまで考える余裕はありませんでした」
「もっと長ければ?」
「わかりません。離婚してたかもしれない。子どもたちがいるから、しなかったかもしれないけど……」
「今は?」
「遊びだと割り切ってる。パパが許可してくれたから、楽しんじゃおうって。信じてもらえないと思うけど、今は……というかセックスレスが解消してからはパパ以外に好きな人なんていません。Fくんのあの素人掲示板の動画があるから説得力ゼロだけど……本当です。パパの性癖がなければYくんともFくんともまたエッチすることはありませんでした」
「でもゆきは……俺の性癖関係なしに……つまり俺に報告する前に……あいつらとキスしたりホテル行ったりしてたじゃないか!」
つい声が荒くなる。
びくんと怯えたような表情を見せるゆき。
「俺の性癖のせいだって言うなら、俺に言ってから浮気でもなんでもすればよかったじゃないか! なぜ黙ってこそこそ不倫してるんだ! 俺のことなんて本当はどうでもいいと思ってるんだろう!」
妊娠の事実を知った今、わかっていたことにまでなぜか怒りがぶり返してくる。
「アナルセックスにしてもそうだ!」
「……」
「Fにアナルヴァージンを捧げた年末のあの日、夕方には帰るって言ってたくせに夜にこんなことしてたなんて。知らない男にまでアナルセックスを許して。俺には一度もさせてくれないくせに。俺家で一人で待ってたのに。深夜にいきなり今日は泊まっていきたいとか言い出して一晩中アナルセックスしてたよな」
言わずもがなの言葉が、口をついて溢れ出す。
「それでも……パパ以外に好きな人はいません。調子良すぎるって自分でも思います。こんなこと言う資格がないのはわかってます」
「Zとだって俺に黙って勝手にデートしてただろう、バレたあともまだ隠してただろう。十回もデートしてたのに二回だけとか嘘ついていただろう! 俺との有給デートドタキャンして、一日中ヤリまくって楽しんでただろう? ドタキャン電話しながらZにチンポ突っ込まれて喘いでいただろう? 生理中俺にはさせなかったくせにZとはしっかりヤッてただろう? 許可なしであれだけ好き放題してて……あれだけ俺を裏切っておいて……よくそんなこと言えたな!」
こんなはずじゃなかった。
こんな敵対的な言葉を妻にぶつけるつもりはなかった。
ゆきの口からなにが語られても、去年からずっとそうしてきたように許すつもりだった。
私はゆきに甘い。惚れているから。こんな女でも愛しているから甘くなる。甘い私にゆきも甘えて不倫する。互いに甘え合う共依存夫婦。それでいいと思ってたはずなのに。
「甘えてました。どこかでパパは許してくれるはずだと甘えてました。バレなければいい、いや、バレても許してくれるはず、パパのこと大好きな気持ちが変わらなければいい、本気じゃなければいい、そう思ってました。ごめんなさい」
「そんな女が、俺のこと好きだなんてよく言えたな!」
「すみませんでした。そのとおりだと思ってます。でも本当のことだから、信じてもらえなくてもそう言うしかありません。パパやZくんがよく言っていた『エッチしたい異性が複数いたっていい』、その言葉に甘えてました。ごめんなさい」
いつからだろう。一度は落ち着いた表情を見せていたはずのゆきの目からまた涙がポタポタ落ち、シーツに染みを作っている。
「セックスしたい男はたくさんいるが、好きなのは俺だけだと言いたいのか」
「そうです」
「Zが言ってたのを思い出したよ。ゆきは浮気する女だって。俺はまさかそんなはずないだろうと反論したよ。でもZは言ったよ。ゆきの本性はセックス大好きな淫乱女だって。貞淑を装いつつ夫の性癖に甘えて浮気するだろうって。自分からはなかなか行かないが、美人だから男の方から寄ってくるだろうって。流されやすい性格だから流されるままヤっちゃうだろうって。あいつは全部見抜いてたよ! そのとおりだった!」
「……私も、自分のこと……そう思ってます」
怒りたくない。
ゆきが可哀想だ。
こんなに涙を流して。
なのに感情が止まらない。
週刊誌には複数の男との不倫がばれ、過去の男の愚かな行動により女子大生時分から今に至るまでの克明極まりない無修正セックスドキュメント動画がネットにアップされている。アナルヴァージン喪失も、ブリブリ放屁も、飲尿も、行きずりの男との野外3Pアナルセックスも、ダブルお掃除フェラも、美少女時代の水着での青姦も、浴衣でのノーパン野外セックスも、公衆便所やカラオケボックスや雑居ビルの階段でのセックスも、新人OL時代の職場トイレでのセックスも、アナル舐め奉仕も、バイブオナニーフェラチオ奉仕も――。
よりによって美魔女として全国区の知名度を獲得し、女優やアイドルに勝るとも劣らぬ人気を得たその絶頂期にそれらが拡散されるような事態になれば――。
哀れな妻を、優しくいたわってやるつもりだった。
ごめん、ゆき。優しくなれなくて。
ごめん、ゆき。怒りに身体が震えてしまって。
*