中村加奈子/夢と現の間で-7
木綿子は周りを見渡して、誰もいないことを確認すると、コピーした用紙を取って、加奈子の耳に口元を寄せる。
「違うの、何か今日、中村さん……エッチな感じするの」
言ったあと、すぐさま木綿子は下を向く。
何てことを加奈子に、しかも職場で言ってしまったんだろうと、恥ずかしくなる。
何も言わない加奈子をちらり、と見ると、加奈子はこちらを見ていてふふっと微笑んだ。
「んー。そう見えるんだとすれば、佐藤くんが早く起きてきて、二人で横になってたんだけど、ちょうど柚木が起きてきちゃって。ゆっくりできる時間が足りなかったかしらね」
さらり、と何でもないことのように加奈子は言う。
今までの真面目な加奈子からすれば考えられなかった。
口を金魚のようにパクパクさせる木綿子を見て、加奈子が意地悪そうに「仕事中ですよ」と呟くと、コピーした用紙を取って自席へ戻る。
加奈子と、理央の色香が波及して、今日の仕事中、木綿子は気がで出なかった。
*
ーーお昼、保管庫まで来てくれる?話したいことがあるの。
加奈子からそう、メッセージが午前中入っていた。
昼休憩時、加奈子は早々に席を立っており、隣の席にいない。
理央はコンビニで買ったパンをかじり、急いで飲み込むと、保管庫に向かう。
重たい扉を開けすぐの棚に、加奈子がもたれかかっていた。
理央と目が合うと、十列ほど棚が並んでいる一番奥のーー長椅子があるスペースまで手を引っ張られ、座らされる。
加奈子は理央の右隣に座ると、少しかがんで、胸元の辺りのシャツの布をーージャケットは羽織っていないーー引っ張ると、くん、と匂いを嗅ぐ。
「ーーやっぱり。木綿子ちゃんに、何かしたでしょ」
「えっ」
「木綿子ちゃんの香水の匂いする。隣いて、わかるくらいついてるわよ? 理央が女の子にひどいことするなんて思ってないけど、あたしに誤解されるようなことするの、やめなさい」
朝、彼女を抱きしめた時に、官能的な香水の香りが移ってしまったらしい。
「ごめん……」
しゅん、と項垂れる。
「何したの。何したら、こんなに匂いがつくの」
いつも以上に加奈子が怒っている。理央は加奈子の目が見れなかったが、嘘をつくのはまずいと思った。
「朝……遠月さんのことぎゅって……した……」
「それ。友達としてスキンシップしただけって、言い切れる?」
「言いきれない……と思う……」
嘘をついても、つかなくても、事態は最悪だ。
顔を胸元に押し付けるようにして、木綿子に抱きついたのだから。
加奈子はため息をついた。
「ーーあたし、誘導尋問してる、ごめん。どんな理由があってもそれ以外言えないもんね。忘れて」
立ち上がろうする加奈子の腕を、理央は掴んだ。
「朝も、機嫌悪そうにして、ごめん。子供でごめん……。朝、加奈子といるの辛かったんだもん。それに、遠月さんに抱きついたのは他の女の人の匂いで、加奈子のこと考えないようにしたかったからだもん」
「え?」
加奈子が目を見開く。
一方、理央は顔を真っ赤にして下を向いている。
「給湯室の丸椅子座って、遠月さんが挨拶してくれたとき抱きしめたの。あの香水、いい匂いだと思うけど……ぎゅってしたら、これじゃないって、余計加奈子のこと考えちゃった。加奈子じゃないとヤダ」
「木綿子ちゃん、怒ったんじゃないの」
「わかんない……でも、頭ぽんぽんしてくれた」