カセットテープ。-1
私の車は旧式MARCH。
彼女の白銀の車体も随分とくたびれたように見える。それも味だと強く感じていた。
もう8年も連れ添った相棒だ。
思えば思い出諸々は彼女とともに創ってきた愛車だ。海も山も笑顔も涙も。
最近彼女は壊れ始めた。
まず窓が開かなくなった。手動で押し上げないと閉まらなくなった。
次にエアコンが弱くなった。
彼女からの心地よい風に力はない。
最後にオーディオが聞こえなくなった。
彼女の歌声は私には届かなくなった。
「おまえもおれと一緒で年だなぁ。」
洗車しながら淋しそうに笑った。
もう12万Kmも一緒に走ったんだ。当たり前か。
新車を何度も買おうとしたが、思い出たちがそれを拒否している。
私もそれに従ってしまい、彼女と未だ連れ添っている。
オーディオはMDとCDチェンジャーを搭載しているがどちらも使えなくなってしまった。
唯一彼女の歌声を聞く手段がカセットテープ。
もう随分使っていなかった。
白銀のMARCHは街を走る。
晩秋の景色はどこか彼女の現状と重なり、切なくなった。
紅葉し終わって道を絨毯のように覆う落ち葉も
前髪を靡く木枯らしも。
小学校の狭い曲がり角を右折して近所の古い自販機を過ぎた。
小さな商店街を過ぎてもうすぐ家に着く。
そう仕事帰りに私は家に向かっていた。
家に着くと私の小汚い部屋へと歩を進めた。
押し入れの中に昔聞いたカセットテープがあるはずだ。
ガサガサ…
古い写真や文集、玩具の類は沢山発掘された。
じっくりと見入ってしまいそうな感情をひとまず抑えて目的を果たそうとした。
指先に固い四角形がぶつかった。
そう、アレだ。
ラベルには
『1993年・秋スペシャル』
と私の下手な字で書きなぐられたラベル。
埃だらけのソレを手に取る。
どんな気持ちで私はこのテープに曲を詰めたのだろう。
その時は思い出せなかった。
明日にしようかと弱気な私が囁いたが、それを押し切って車へ向かう。
カセットを慎重にセットした。
鈍い音がした。
ダメか…
諦めかけたその時。
渡部美里が流れだした。
一気に時が遡った。
あぁ。あの時だ。