第五十章 夕暮れ-1
【啓介と同居 四ヶ月目】
【20●1年4月4日 PM5:00】
数時間後。
車の中で。
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(愛しています、お義父・・さん・・・)
恵の呟きが聞こえた気がした。
啓介はアクセルを緩めると、左肩に持たれている天使の顔を覗き込んだ。
義父の愛情を満足する以上注いでもらった恵は、幸せそうな寝息を立てている。
長い睫毛が美しいカーブを描いている。
男はその頬をずらさぬよう、再びアクセルを踏んで家路を急いだ。
もう、僅かしか残されていない。
「恋人達の時間」が終わるまで。
夕暮れが街をオレンジ色に染めていく。
「夕方まで・・か・・・」
啓介は自分に言い聞かせるように呟いた。
先程まで天使を味わっていた心地良い疲労感が身体を覆っている。
快感に痺れる恵の顔が昨夜の記憶に重なる。
息子の武に貫かれながら激しく腰を使っていた。
再び、啓介の身体が熱くなってくる。
あれ程、恵を愛したというのに。
恵の喘ぎ声が生々しく頭に残っている。
それは昨夜のであろうか、それとも・・・。
不条理な感情が込上げてくる。
やはり、寂しかった。
夜の恵も欲しかった。
決して独占してはならない禁断の愛。
それは罪を犯した啓介の当然の掟なのだ。
男は尚も言い聞かせるように声を出す。
「夕方までや、あかんで・・啓介・・・」
男はじっと前を向いたまま何度も呟いている。
夕暮れの光に目が覚めた天使に気付きもしないで。
フロントガラスから差し込む西日に薄く目蓋を開けた恵はミラー越しに義父の顔を見た。
その寂しげな表情に心を絡め取られながらも、そっと目を閉じて眠った振りをした。
もう少し、このまま。
そう、もう少し漂っていたかった。
夕日が沈むまでは。
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「恵、めぐみ・・・」
男の声に目を覚ました。
いつの間にか眠っていたらしい。
義父の顔が微笑んでいる。
「着いたで・・めぐみ・・・」
もう夕暮れが終わる頃の薄暗いガレージの中にいた。
恵は細いため息をつくと、幸せそうな笑顔をこぼした。
そして両腕を差し出すと甘えるような声で囁いた。
「キス・・して・・・」
男は一瞬、躊躇したが天使の誘惑には勝てず甘い蜜を味わった。
薄暗いガレージの車の中で腕をからませるように二人は抱き合っている。
互いの唇を愛おしむように味わっていた。
夕暮れのタイムリミットを過ぎても、男は天使の唇を奪っている。
恵は男の首をシッカリと抱きしめながら、いつまでも離さないでいた。
そして心の中で男の名を呼んでいる。
(お義父さん、お義父・・さん・・・)
それはまるで先程の男の呟きを、かき消すかのようであった。