Wという男-1
都内ホテル最上階に位置するバーのカウンター席で、楓とWが肩を並べている。
「こんな素敵な奥さんと二人きりでデートなんて、旦那さんに悪いな。ははは」
「ふふふ、旦那も知ってますから」
「平気なのかい?」
「私たち夫婦、お互いのそういう部分には干渉しないようにしてるんです」
「なるほど、オープンマリッジってやつか」
「さすがWさん。よくご存知で」
「聞きかじっただけだがね。そういう夫婦のあり方を選ぶところも楓さんらしい。やっぱり君は面白い女性だ」
グラスを傾け親しげに視線を絡ませる二人。社交的な二人に話題はつきない。美魔女グランプリのこと、ゆきのこと、仕事の話、家族の話。
Wが、楓の手に自分の手をそっと重ねた。楓は眉一つ動かさず、大きな瞳でWを見つめる。
「さすが楓さんだ。口説かれ慣れている美女ほど魅力的なものはこの世にない」
「ふふふ。口説いてくださるんですか?」
「楓さん、私もこの歳だ。男女の会話で君のような女性と対等な立場に立てるとは思ってない。そのくらいの分はわきまえている」
重なり合う二人の手に視線を落とす楓。
「謙遜なさっているのか、積極的なのか、どちらなんでしょう?」
「自分でもわからない。自制心と、君の魅力に負けそうな気持ちの間で揺れているよ」
「ふふふ、正直な方なんですね。今までWさんくらいの歳の方にも大勢口説かれてきましたが、そんなふうに言う人はWさんが初めてです」
「そんなとき君はどうするんだい?」
「逃げます。あはは」
「ははは、賢明だよ。私からも逃げていいんだよ。私を諦めさせてくれ」
「Wさんとは……もう少しお話していたいです。何もないですけど……それでもよろしければ」
「もちろん構わないよ。君との会話の楽しさに比べればすべては些末なことだ。そのかわりもう少しこうさせてもらっていいかい?」
重ねた手の指を絡めるW。
「さすがビジネスがお上手ですね。ゆきちゃんにも……こういう風にしてるんですか?」
「私は彼女には手を出さない」
「どうして?」
「Oさんは本当にいい子なんだ。見てると危なっかしいほど人が良すぎる。私みたいな悪い男とは関わらないほうがいい」
「わかります……。私もあの子のことつい守ってあげたくなります。『悪い子』の私とは大違い……」
「君は大人の女性だ。私にだってはっきりノーと言える。だから私は安心して口説き、いさぎよく振られることができる」
「ふふふ。Wさん、やっぱり面白い人です」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
「もちろん褒めてます」
女性らしい魅力に溢れた楓のシルエットは夜景を見下ろすバーによく映える。品の良いジャケットは大きな胸に押し出され、ブラウスの胸元には深い谷間をわずかに覗かせる。腰のくびれから丸いヒップを包む程よい丈のスカート、その裾からすらりと伸びた美脚は、組み替えるたび人妻のフェロモンが微かに放つ。
男女の肩と肩が触れ合う。
「楓さん。君はジャーナリストとして野心を持った人だったね?」
「いちおう、そのつもりです」
「これはビジネスの話だ。私には君の役に立つような政官財の知り合いが大勢いる。マスコミにも知己が多い。そういった人に君を紹介することができる」
「……つまりそれが、Wさん流の口説き方なんですね」
「そうだ。魅力的な女性を口説くには、それに見合った魅力的なオファーが必要だからね。私には若さはないがビジネスなら切れるカードをたくさん持っている。少なからず君には魅力的に映るはずのカードをね」
「それって……お金で女性を買うのとどこが違うんでしょう?」
「同じだよ。言い訳はしないさ。しかし金に換算できないほどの価値を私は君に提供できる。それだけの魅力を、楓さんは持っている」
にこりと笑うWに、意味深な微笑みを返す楓。
夜景を反射した瞳はキラキラと輝いている。
絡み合う男女の指の間で、人妻の結婚指輪が見えては隠れる。
「単刀直入に言うよ。このホテルに部屋をとっている。そっちで、飲み直さないか?」
男女は腰を上げバーを後にする。
エレベーターホール。楓の腰には、Wの手が添えられていた。
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