Wという男-3
まったく気味の悪い男だ。
優秀な探偵は依頼主のことも調べ上げるというが、この男もそうなのだろうか。
VとWとは高校が一緒だった。つまりVもまたエリート街道を歩もうと思えばできたはずだが、本人の性格なのか資質なのか、二人の現在はまったく対照的である。ただもともとの頭の出来は良く、こと悪巧みに関しては知恵が回る。
「へっへ。まあWさんの口からは言えませんよね」
「何のことか、話が見えないが……」
「やめてくださいよ。Wさんと私の仲で隠し事はなしです。ふふふふ」
「一丁前に私を脅してるのか?」
「脅しなんてそんな。単なる雑談です」
「言っておくがギャラは言い値の三割増しで払っている。プロとしての仕事をだな……いや、お前にこんな職業倫理など説くのはナンセンスか。ははは」
「もちろんですよ。へへへ。私はただこの女を一度でいいから抱かせてもらいたいだけなんで。Wさん、私がどういう男か知ってるでしょう?」
もちろん知っている。Wにはこの男の考えていることがよくわかる。二人は同じ人種だからだ。現在の彼らの立場は天地の差だが、根は同じ。すなわち、他人の秘密をちらつかせ欲望を満たそうとする下衆な人間。それがVでありWである。強いて違いを挙げるとすれば、Vは地位や名声といったものには興味がない、即物的な男である。
なに、「例の接待」について知っているなら話が早い。Wは表向き気のない様子でウイスキーのグラスを舐めつつ、さまざまに計算を巡らせた。ゆきをご所望とあらば与えてやったっていい。その代わり、もう少し働いてもらうがな。
「まあともかく。変な気起こしたらどうなるか、私のことを嗅ぎ回ってるんなら細かく言わなくてもわかるだろう」
「へいへい。『次期社長』さん」
「誰がだ。ふざけたやつめ」
A社の次期社長レースにおいてWが現在ラストスパートの重要局面を迎えていることも当然お見通しなのだ。
*
「そうそうそういえばね、Wさん。ゆきのポーチからちょいと面白いものを発見しまして」
Vが示した写真には、女性物のポーチとその中身が写し出されていた。
「なんだ? 化粧品に生理用品。それにコンドームか。ビッグサイズだからこれは不倫用だな」
「へぇ、旦那は粗チンなんで?」
「ああそうらしい。昔のゆきはよく俺のモノを蕩けた目でぽーっと見つめてたよ。上手にしゃぶれたら挿れてやるって言ったら喜んで吸い付いてきた」
「彼女ドMなんですね」
「かなりのな。まんこを自分で開かせてご褒美くださいっておねだりさせるんだ。挿れてやったらひーひー言って涙流してなあ。主人のと全然違いますってさ」
「くーー! この美人妻さんがねぇ。不倫用のゴムをポーチに忍ばせ上司のデカチンおねだりですか……そそるねえ。旦那用のはないんですかね?」
「セックスレスだよ、あのうちは。最近は知らんがこの様子では相変わらずだろうな」
「こんな綺麗な奥さんがいるのにもったいねえなあ。旦那ヘタレすぎやしませんかね。奥さんが浮気したくなっちゃう気持ちもわからんでもない」
「で、ゴムがどうした? とくに珍しくもないが」
「そうそう、ゴムなんてどうでもいいんです。そっちじゃありません。これですよ」
「なんだこれは?」
「ボイスレコーダーです」
「お前が仕込んだやつじゃないのか」
先日ゆきの雑誌撮影の仕事に同行したWは、撮影中Vを密かに手引きしてゆきの持ち物を漁らせた。彼は可能ならポーチに盗聴器を仕掛けると言っていた。
「女性に仕掛けるならポーチ一択なんです。常に持ち歩いてますからね。ところがどっこい先客がいた。ちゃんと裏地の中に入れてほつれないよう処理してある。モノは大きめの市販品ですがまあこれならバレないでしょう。なかなかの仕事ですよ」
「誰の仕業だ」
「ここまで手の混んだことのできるのは一緒に住んでいるやつでしょう」
「旦那か」
「はい。きっと奥さんのこと以前から怪しんでいたんでしょうな。あれだけ派手にやらかしてりゃあ疑うのも無理もない。可哀想にゆきちゃんの悪さはすべて旦那に筒抜けだったってわけです」
「あの夫婦はもう終わりじゃないか」
「へへへ。三人の男と浮気を楽しむ妻に、盗聴器を仕込む旦那。世間的にはご立派な夫婦、理想のご家庭ってイメージですが、実態は悲惨なものですな」
「ふん。こちらにとってはかえって好都合だ」
彼らがもし離婚すれば、ゆきを動かしやすくなる。必要とあらば旦那のOを抱き込むことも可能だろう。
「まあおかげで私の盗聴器は仕込めませんでした。すでにその必要もないくらいネタは集まってたんで問題ないですが」
「お前のことだからどうせ彼女の喘ぎ声を聞きたいだけだったんだろ?」
「ひっひひ。可愛い顔していったいどんな声で鳴いてんのか楽しみにしてたのに実に残念。こんな清楚ぶった女が甘え声で不倫チンポおねだりしてるとこ聞いてみたいじゃないですか。まんことケツ穴で鳴き声は違うのかなーとか、どっちの穴に挿れてもらうかどうやって決めてんのんかなー、とかね」
黄色い歯をむき出してにたりと笑うV。
「それはそうとボイレコ仕込まれてたってことは昔のWさんとの不倫もバレてるんじゃ?」
「数年前から仕込んでたのなら話は別だが、何も言ってこないしまあ大丈夫だろう」
「最近、昔話をしたりは?」
「当時の話はいっさいしないようにしている」
「さすが、紳士のフリがお上手で」
「今はまだ彼女を完全に安心させる段階だからな。きれいに別れ、別れたら一切は元の通り。これが女とうまくやるコツだ」