Wという男-2
七月某日――。
「しかし彼女も可愛い顔してなかなかやりますね」
「なにがだ?」
「だってあんな女子アナみたいに清楚ぶった女が三人の男と同時不倫ですよ」
雑居ビル脇の階段を地下に降った場所にひっそりと佇む場末のバー。
紫煙のくゆる薄暗い空間でWと話しているのは、彼と旧知の男Vである。本人は自分のことを実業家と称しているが実のところ何が本業なのか本人にもよくわかっていない。若い頃は俳優のマネごとや探偵業、風俗店のボーイ、女のヒモなどでフラフラしつつ、ホストクラブで女に貢がせたりしていた。歳を重ねても相変わらずで、風俗店の雇われ店長を努めたり多少の人脈の伝手で自らデリヘルを経営したりとなんでも小器用にこなすが長続きしない性格で、稼いだ金も右から左へ酒、ギャンブル、女に消えていく。いわば社会の日陰をずっと歩いてきた男である。
テーブルには彼の撮ってきた大量の不倫現場写真が乱雑に置かれている。
「旦那とうまくいってないんだろ」
「メディアじゃ良妻賢母みたいな扱いだけど、女はわかんねえな」
黒の大きなSUV車を捉えた写真は、よく見ると運転席に座る男の股間に顔を埋めている女の姿が確認できる。女の捲れ上がったスカートの裾からはヒップが露出しており、その中心からスティック状の物体が生えている。
「うっひょー。天下の美魔女さんが不倫相手の車に乗り込むなり即尺ご奉仕アンド露出オナニー。たまんねえ」
美魔女グランプリへのエントリー以後数ヶ月、彼はWの依頼を受けゆきの身辺を洗っていた。ここ数年のVは浮き草生活にいちおうの終止符を打ち、もっぱらWの専属調査員のような仕事をしている。
「浮気調査なんてさんざんやりましたがね。せいぜいホテルへ出入りするとことか、竹林に停めた車が揺れているとか、その程度ですよ。ここまでの現場はなかなかお目にかかれません」
「たしかにすごいな、これは」
「ん? これひょっとしてアナルに刺さってません? 彼女ケツ穴もいけるんすか?」
「彼女そっちも好きだよ」
「さすがWさん、よくご存知で。昔はこっちの穴でもたっぷり愉しんだわけですな」
「いや、ギリギリで逃げられた。指やおもちゃならさんざん挿れてイかせてやったが」
「Wさんに開発されたケツ穴で他の男とお愉しみってことですか。くぅーー、たまんねえ」
地下駐車場での写真では、薄暗い車内で逆さになった女の二本の脚のシルエットがすらりと伸びている。黒のストッキングに包まれた美脚は逆さのままくねくねとのたうちまわり、ときに指先までぴんと張り、あるいはきゅうと縮こまり、最後は男の腰にがっちりと巻き付き痙攣していた。
カラオケボックスの中でショーツとストッキングを膝までずり下げられた女がシートに手を付き後ろから男に挿入されている写真もある。行為の真っ最中を撮られた二人がカメラ目線になったおかげで、それがゆきとYであることがはっきり確認できる。
「お前こんな写真どうやって撮ったの?」
「簡単ですよ。間違って入った風を装うだけ。『あ、あれ? ごめんなさい!』っていいながらこっちも驚いて固まったフリして数秒間静止。ビデオは回しっぱなしだから動画もありますよ、ほら」
「入った直後の一瞬、彼女の喘ぎ声が聞けるな。懐かしい声だ」
「こんないい女と数年間好き放題やりまくってたんでしょ? 羨ましいなあ」
「あれは澄ました顔して相当な『好きもの』だから」
「可愛くて淫乱で床上手な人妻さん、最高ですね。私にもおこぼれくださいよ」
「彼女をどうするか、お前には関係のない話だ」
「へへへ、それはそうでしょうとも」
Vは煙草の煙をふーと吐き出し、にやりと笑った。
二人は同い歳だがVはWに対し敬語を使う。金の匂いのする相手には下手にでるというだけで別に心から敬服しているわけではない。もとは俳優を志すだけあってまあまあ整った容姿を持ち合わせていたはずだが、夜の街の酸いも甘いも経験し尽くした結果、表情には下品な狡猾さを滲ませるようになった。酒とタバコと不規則な生活が相まり、清潔感とは程遠い身なりである。
ぼんやりとした照明がテーブルとカウンターを照らす。長年の営業でそこここに傷や染みが蓄積している。
「彼女をどうするか、ねえ……」
煙の向こうで、品の悪さを隠そうともせず笑みを浮かべている。
「へへへ。私ね、Wさんの考えてることわかりますよ?」
「ん?」
「社員の素行調査……。目下大活躍中の彼女を今後どう引き立てていくかの判断材料とする……」
「私が伝えたことそのまんまじゃないか」
「だけじゃないでしょう。あわよくば弱みを握り彼女を再び手篭めにする……」
「ははは。まあ正直なところ考えんこともない。男なら誰だってそうだろう」
「そして……」
「ん?」
「例の接待に彼女も使う」
「……」