美幸さんと-1
冬の声が聞こえ始めた12月初め会社の社食でカレーを食べている時にスマホが震えだし、突然LINEに美佳さんからメールが入ってきました。
「お久しぶり、元気にしてる?」 「はい、一応元気にしています。」 「よかった、ところで、今度の土日は暇?」 「忙しくはありません。」 「そう、じゃあ、丁度いいわ、今日の夕方家に帰ってから電話して。待っているから。」 「はい、分かりました。」(やばいなあ、どうなるんだろうこの先。)と僕が思っていると、トンと肩を叩かれ、お局様の佐伯さんが、「どうしたのよ、浮かない顔をして。」 「あ、いえ、何もないです。」 「そう?何か悩み事があるんじゃないの?どんなことでもというほどではないけど心配事があったら相談してね。役に立つかもしれないわよ。」 「は、はあ、ありがとうございます。」
(顔に出てしまったのかなあ。)と思いながら食事を終えて会社の前の公園へ外の空気を吸いに行きました。「やっぱり、何か悩み事があるんでしょう、私に話してみれば?」 「あ、いえ、大丈夫です、佐伯さんに相談できることではないので。」 「ふ〜ん、私じゃあ役に立ちそうにないのね。」 「あ、いや、そうではなくて、話の内容が問題なんです。」 「そんな言い方をされると余計に気になるじゃない。」 「あ、いえ、すいません。」 「ま、いいや、個人的な問題だからね、仕事に影響をしないようにね。」 「はい、それは分かっています、大丈夫です。」(はあ、顔に出てしまうのかなあ、やっぱり。困ったなあ。)
アパートに帰りママが作り置きしてくれているおかずとご飯をレンジで温めている間に美佳さんに電話を掛けました。
「よ、元気?」 「はあ、なんとか。」 「ねえ、今度の土日でさ旅行に行こうよ。もう予約を取ったから。ほらこの前話していたでしょう?娘と三人で。」 「え〜!嘘!」 「もちろん旅費は全部私が持つから温泉に行こうよ。」 「そ、そんなこと決めちゃったんですか?」 「うん、いい部屋に予約も取れたし、いい所よ。じゃ、土曜日8時に東京駅の中央改札で待っているわ。」 「え〜!え〜!」と僕が返事もしていないのに勝手に話を決めて電話を切ってしまいました。
(嘘でしょう、やめてよ、本当に。)と僕は頭が痛くなってきました。夕飯を食べ終わってからママに電話を掛けました。「ママ、今度の土日で会社の人と温泉旅行に行くことになったんだ。だから今度の土日は留守にするからね。」 「あら、また?会社の同僚?」 「うん、そうだよ。」 「分かったわ、また夕飯の作り置きをしておくからね。」 「うん、よろしく。」
(どうするの?困ったなあ。もし美佳さんのご主人に知れたりしたら大変なことに巻き込まれそうだし・・・。もし行かなかったらどうなるんだろう?怖いしなあ。)と頭の中でいろいろ考えていると眠れなくなってしまいました。
次の金曜日昼過ぎ、会社で仕事をしているとお局様の佐伯さんが手に資料を持って僕の机まで来て、「ふ〜、瀬戸君、君疲れているの?」 「え!どうしてですか?」 「これ、君が打ち込んだ資料。」 「は?何かおかしいですか?」 「ほらここ、分かる?」 「え!あ!すいません!客先の名前が違っていますね。」 「うん、よく見ると読みは合っていても漢字変換が間違っているでしょう?こんなの相手先に送っちゃうと叱られちゃうよ。」 「す、すいません。」 「ま、いいけど、私がチェックして見つけたから。なんかさあ、今週は君凄く疲れているみたいだったから見ていて心配になって来ちゃった。大丈夫?何か悩み事があれば言ってね、相談には乗るから。ま、明日明後日と休みだからゆっくり休んでおいて。」 「は、はあ、ありがとうございます。本当にすいません。」
(佐伯さんてみんなからあんなに怖がられているけど・・・。本当は優しくて凄くいい人なんだなあ。なのに課長だって佐伯さんには何か怖がっているような・・・。どうしてみんなあんなに恐れているんだろう?本気を出せば鬼か般若の様になるんだろうか?)と僕はその後仕事が終わるまでお局様の佐伯さんのことを考えていました。
そしてとうとう土曜日の朝がやってきました。僕は着替えを入れたリュックを背負って約束の時間より少し早く改札口に来て待っていました。憂鬱な気持ちでずっと下を向いて考え事をしていると、僕の足元に女性の靴が見え頭をトンと叩かれたので顔をあげると目の前に美佳さんが小さなキャリーバッグを転がして立っていて、「よ、お待たせ、約束通り来てくれたね。」 「こ、来なかったら何をされるか分かりませんからね。僕あれから怖くて眠れませんでしたよ。」 「そんなに怖がらなくてもいいじゃない。お互いに気持ちがいいことが出来るんだから。そうでしょう?」 「で、でも、ぼ、僕・・・。」 「あ、紹介しておくわ、この子、娘の美幸、今回の旅行に一緒に着いてくるの。麗香には内緒だからね。」 「よろしく、美幸です。ママから聞いたわよ、凄いって。」 「やっぱり着いて来たんだ。」 「ま、詳しいことは電車に乗ってから放すわ。」 「こ、怖いんですけど。」美佳さんは僕に切符を渡してくれて新幹線口に入っていき乗り込み向かい合って座る様に席を動かして三人でそこに座り小声で僕に説明しました。
「この前の旅行の時に話したでしょう?こいつにバレたからさ仕方なく今回はこいつも連れてきたの。ま、こいつと一緒だと主人も怪しまないしね、こいつも君に興味があるって言うからさ、連れて来ちゃった。」 「え〜!む、娘さん、大丈夫なんですか?」 「ああ、こいつ、前の主人の子、私の連れ子。今の主人とは血がつながっていないの。だから平気よ。」 「そ、それはいいですけど、僕、出来るだけ関係を持ちたくないんですけど。」 「何を言っているの?君の筆おろしをしたのは私よ。」