昔の男との邂逅B-2
「あらあら、また、木綿子ちゃんちで寝ちゃう気?」
声色が変わる。木綿子も、理央もそのことに気づいた。
艶っぽい声。
嫉妬をしているのではなく、むしろ性的な何かを期待するようなーー
「取引先の大事なお嬢さんに、間違い起こさないようにしなさいよ。そうなるとあたし、亨くんにも顔向けできないし」
「そ、そこなの? ヤキモチとかじゃなくてぇ?!」
理央とは違って、余裕ありげにくすくすっと笑うと、ちらりと理央を見た。
「実際に起こってないことにヤキモチ妬きようがないでしょう? それとも、木綿子ちゃんにそういう気があるのかしら?」
少し頭を下げて、理央のことをじっと下から見つめる。
まるで今からセックスが始まってしまいそうなほど、いやらしい目線だった。
木綿子も、理央の後ろにいながらその雰囲気を感じ取ってどきんっと思わず胸が高鳴らせる。
「あ、あ、あるわけないじゃんっ」
「ふふ、でしょう? それに、今まで会社の女性と食事すら避けてた人が、あたしとお付き合いすることで逆に自由になったっていうなら、楽しんだ方がいいじゃない。物分りがいいとかじゃなくて、佐藤くんのこと信頼してるだけだよ」
「ぼ、ぼ、僕はすぐ妬いちゃうもん。僕、加奈子のこと信用してないってことなのかな」
「うーん」と悩んで、加奈子は唇に人差し指を当てて空を見やる。
そして、笑って理央に言う。
「その理論でいくと、あたしが悪いってことかも。あたしが佐藤くんのことを信頼出来るのは、普段の佐藤くんが、あたしのこと不安にさせないような行動を示してるけど、あたしが出来てないってことじゃない? だから、気にしなくていいよ。何か足りないなら、言って下さい」
加奈子は笑って、立ち上がると理央の頭をぽんぽんと撫でて、休憩室を出ていった。
しばらくの沈黙。
理央は悪いことなど何も言われてないのに、またしょげてしまっている。
「ーーあんないい女、この世のどこに、他にいると思います?」
理央は、はーっと大きくため息をついた。
*
木綿子と理央は話し合った結果、木綿子が加奈子と理央の家に行くことになった。
それなら泊まって行って、と加奈子に促され、一旦木綿子は自宅に荷物などを置いて、上下黒のセットアップの細身のジャージに着替えた。
理央は先に家についているらしく、仕事を終えた加奈子が木綿子を迎えに来た。
車の中で、木綿子が口を開く。
「ーーヤキモチとか、妬かないんですね」
「佐藤くんのこと? だって佐藤くん、本当に変なところないんだもの。あたしのこと、本当に好きだってわかるし。
ーー彼がもやもやしてるのは、倉田のこと。よく説明せずに早退しちゃってさ。後から考えたら、佐藤くんの頭にくる行動したなって思うもん」