いつか大きな花に成れ-1
「誕生日おめでとう!」
そう言って彼がくれたのが、小さな鉢植えでした。
それは本当に小さな鉢植えです。鉢植えなんて上等な物では無かったかもしれません。
コンビニやスーパーマーケットで売っている、150円程度のカップに入ったアイスクリームのような、プラスチック製の小さな鉢の中に、化学肥料と腐葉土を混ぜたような黒い土が入っていて、何やらかの花の種が一粒入っただけの、ミニチュアな植木鉢だったんです。
「なにこれぁ? 『カイワレ』でも生えるの!?」
せっかく貰った誕生日プレゼントにケチを付ける気はありませんでしたが。
それでも、欲しくも無い物を貰って、迷惑そうな顔をしている私に向かって彼は。
「その内、でっかい花でも咲くんだろう! 嫌なこと全部忘れちゃうぐらいの、でぇーーかい花がさっ」
そんな事を言って笑っていました。
そんな彼も、……もう居ない。
うぅ〜〜んっ! 決して亡くなったとかって言うんじゃないんです。
そう…… 彼にはちゃんとした彼女って言うか、お互いに愛し合っている恋人が居たんです。
そんな彼女と、めでたく結婚。わたしも披露宴に呼ばれて、不本意ながら、嫌みったらしいスピーチを一つ、披露させてもらったのが、つい先月の事でした。加えて、幸せ一杯なところに更なる幸福な出来事が。
彼ったら今度オーストラリアに出来た支社の部長さんに抜擢(ばってき)されて、ついでの新婚旅行を兼ねての転勤、今ごろ二人して仲良くやってるんだろうなぁ。
そんな彼が先月、引越しの準備を手伝ってくれたお礼にと、くれたのがこの小さな鉢植えだったんです。
丁度私の誕生日と重なって、なんのお祝いもしてやれない替わりにってことらしいけど、正直言って、こんな変てこな物、欲しくないなぁ……
「あ〜居た居たっ。あんたまたそんな物ボケッと眺めてんのぉ」
そんな事を、背中越に嫌みったらしく言って来るのは、同期入社の江森優子(えもり ゆうこ)です。わたしと同じ企画開発課の課長を務めるキャリア組みのエリートさんで。
「おいおい誰がキャリア組みだってぇ。それに嫌みとはなによ、嫌みとはっ!」
お調子者だけど、いつも元気で頼りになる、私の姉貴分だったりします。
「あんたねぇ、好き勝手なこと言ってると、殴るよ本当っ!」
新設のIT企業、都内に構えるビルの一角にテナント入りした本社の開発室、そこが私の職場でもあり、悪友との集いの場でもあります。
優子とは大学時代に知り合い、卒業後もこうして同じ会社に就職するなどして、ずっと腐れ縁が続いています。
30代と言う若い社長さんが起こしたこの会社は、実に社員の人達も若い人が多く、そんな中、秀でた才を成す優子は早くも大出世。20代半ばにして企画開発課の課長に抜擢(ばってき)されるや、6人もの若い男性社員を従える、女帝と成り上がっているのです。
そこへ行くとわたし『御崎 咲鮮(みさき さやか)』なんぞは、まだまだ平社員。うだつの上がらない、落ち零れだったりして……
「な〜に言ってるかなぁ! あんた一人でこんなプロダクションルーム占領してるくせに、何〜にが平社員なもんですかっ! 開発課きっての天才プログラマー様が、なに訳の解らないこと言って、御センチになってやがるかなっ」
「てへへぇ」
「てぇへへじゃないのっ! まったく、こちとらお馬鹿な男どもの尻拭いで必死に成ってるって言うのにっ! あんたって子はぁ、日がな一日そうやってボーと変な植木眺めてぇ、まったく脳天気なんだから」
そんな事を言いながら、優子はいつもの様にあたしの頭を抱え込んで、ぐーでもってグリグリして来ます。
「痛いよ優子ぉ〜! お願い止めてぇ」
「止めませんっ。このぐらいしないと、あんたの立ち上がりの遅いお頭ったら、ちっとも起動しないんだからっ!」
それが二人の朝の挨拶みたいなものです。わたしも優子に小突かれ、嫌がりながらも、いつものようにヘラヘラ笑っていました。