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アンソロジー(三つの物語)
【SM 官能小説】

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秘密 ……… 第一の物語-8



風の強い日だったが、オレンジ色に染まった雲の動きはいつのまにか止り、病室のバルコニーから見える夕陽が翳り、病院の建物が黄昏色に染まっていた。
そろそろ家に帰る時刻だった。でも私が帰る場所には私の秘密がない……そう思うと私は戸惑った。家に戻ることなく自分の秘密に身をゆだねたいと思った。でも最近、アキオさんからの連絡はなかった。こちらから電話をしても留守電の声だけが聞こえた。目の前のベッドに横たわっている夫とふたりだけの病室は、私の体の孤独をさらに色濃くした。
暗い暮色に変わった空が、窓から見える街の風景の色彩を奪っていく。
 初めてアキオさんに抱かれたときは、閉ざされた自分の中が溶けるように開いていった。たくましい彼の腕が私を抱きしめた。彼のものが私の下半身に触れたとき、花弁の奥の蕾が紡がれ、ほどけ、ゆるんでいった。まるで自分のものでないように襞が彼のものに巻きつき、喘ぎ、肉奥の収縮と痙攣(けいれん)は留(とど)まるところを忘れて震え尽くし、宙に浮いてしまうような高みに達した。
 おそらく五十歳という年齢に達した私は、必要以上に肉体を意識していなかった。世間のどんな夫婦もそうだとしたら、それが夫のせいだとは思いたくなかった。でも私は、アキオさんの体温を含んだ飛沫を子宮に奥深く吸い込んだとき、肉体の隅々まで自ら火をつけてしまったのだ。それは私の、私だけの肉体を甦らせたような瑞々しい感覚だった。
三度目に体を重ねたとき、私はアキオさんから離れられなくなっている自分に気がついた。いや、彼に乱されて秘密の中に堕ちていく自分が心地よく、自分の中がどんどく濃くなっていくのを感じていた。

いつものようにベッドの上で眠り続けている夫の性器をタオルでぬぐっているとき、私はふとアキオさんの性器を思い浮かべようとする。でもそれが彼の性器なのか、指なのか、自分でも区別ができないことに気がつく。そして目の前の夫の性器が、いつもの夫のものでないように感じた。
細い鋼線が絡みあったようになびいた黒々とした陰毛のあいだに、眠り続けている夫のものはなぜか堅くそびえ、光沢を含んだ肉皮はしっとりと湿り、それでいて脆い危うさを湛えていた。太さも、長さも、艶やかさも、滑らかさも、《性器らしきもの》のすべてが私の本能をくすぐった。私が欲しがっているものが目の前にあった。ペニスを包む粘膜は薔薇色に染まり、滑らかな皮膚の筋やえぐれた溝、亀頭の窪み、それらのすべてが私を疼かせた。欲しくて、欲しくて、我慢できないほどの欲求が渦を巻き始めた。私はゆっくりと夫のペニスに唇を添えた………。


来る日も来る日も、アキオさんからの連絡を待った。携帯電話の着信の音に耳を澄まし、ため息だけが私の胸を下りていった。一か月、そして二ヶ月と彼から連絡のないまま時間だけが過ぎていった。
火のついた、燻る体を抑えることができなかった。嘔吐のように欲情が込み上げ、肉襞の内側の細胞がアメーバのように増殖しながらも、彼と会えないことに対する飢えと孤独に身悶えした。
 夜気がひしひしと迫ってくるとき、恥ずかしい部分に中指と人さし指を交互に這わせた。夫にずっと抱かれることがなかったときでも、指で自分を慰めることなどなかったのに、指の動きを抑えることはできなかった。その私の姿をドレッサーの鏡が覗き見るように映し出している。鏡の中に私でない私がいた。性器に指を這わせ、のけ反る自分が別人のようにとてもきれいだと思った。ぬめった潤みは、私の心を露わにしているように爛(ただ)れ、滲み出し、性器を湿らせていった。



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