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アンソロジー(三つの物語)
【SM 官能小説】

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秘密 ……… 第一の物語-7



午後の病室の清掃が終わり、清掃員がいなくなると、部屋はとても静かになる。夫の微かな息の音だけが聞こえてくる。夫との性生活の、鈍った欲望の行き違いがふたりの関係を遠いものにしたのはいつ頃からなのだろうか。あの覗き穴から洩れる庭師の視線が夫の視線と重なり、ぬかるむように澱んでくる。
ひとまわりも年が離れた夫との年齢の差が互いに歳をとるごとに拡がっていくことを感じるようになったことは間違いなかった。そのことを互いに口にすることはない。夫に求められることのない妻としての存在と女であることの曖昧さ。そのことに私はいつのまにか耐えていたのかもしれない。
でもあの庭師に浴室の私の裸をのぞかせることの快感を夫が私の知らないところで密かにいだいていたことに、私は夫に突き放されたような奇妙な孤独を感じた。夫がわからなくなった。いや、そもそも結婚したときから私は夫をひとりの男として、夫がいだく欲望について知らなかったのかもしれない。
その日は早々に病院をあとにして家に帰った。
庭師はしばらく家に現われていなかった。伸び切った庭木のあいだを散策しながら私は屋敷の裏側の浴室の方にまわった。浴室の外の穴をのぞくための踏み台付近には植木鉢が置かれていたが、その中の空の鉢に私はふと気がついた。ビニールの袋に入ったティッシュペーパーを丸めたいくつものかたまり。精液が腐ったような臭いが微かに漂ってきた。まちがいなかった……あの庭師は浴室の中の私の裸を覗きながらここで自慰を行っていたのだ。私はそれが夫の自慰のように思えてきた。そしてそのことは私たち夫婦の淫靡な関係そのものに違いなかった。


アキオさんと私の脚が絡まる。首筋から愛撫が始まる。いつもと変わりなく、礼儀正しく。その愛撫の始まりは、彼の完璧な身体と私のもどかしい肌のあいだにすき間を感じさせる。
「名前と同じようにユキノさんの肌は降り積もったばかりの雪のように白いのに身体はとても暖かい……」
彼の唇がわたしの胸に這い下がりながら、そんなことをふとつぶやいた。私をくすぐる彼の言葉は、どこから込み上げてくる淡い恥ずかしさを煽りながら、懐かしい心地よさを私に与えた。私は自分の年齢も忘れて舞い上がりそうになる体を甘く感じることができる。
脱がされた私の下着がソファの上に散らばっている。まるで彼に剥(む)かれた甘い果実の皮のように。彼に脱がされるために選んだ下着だった。身に纏う下着のことを考えたのもいったい何年ぶりだろうと密かに苦笑する。
「灯りを少し暗くしてくれないかしら……」
 アキオさんに見つめられたいのに、見つめられたくない体がもどかしげに疼いていた。
彼の締まった胸肌がすぐ目の前に浮かび上がっていた。彼はベッドの傍のスタンドライトのスイッチに触れる。オレンジ色の淡い灯りは、逆に明るさを増し、私の裸を隅々まで包み込む。
「もっともっと、ユキノさんの体を見たいんだ……」
「いじわるね……もうすっかりおばさんの体なのに」
彼は愛おしくなるようなまつ毛にふちどられ、鳶色の光を忍ばせた視線を私の心と肉体の隅々まで優しく掻きあげるように這わせた。視線と、唇と、指の丁寧過ぎるほどの愛撫は、私の何もかもすくい上げてくれそうだった。その愛撫に私は若過ぎる男には見られない落ち着きと深みを感じた。何よりも彼の瞳の蒼々しさと音楽のように聞こえてくる鮮明な囁きに私の身体はどこまでも甘く緩み続けた。




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