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アンソロジー(三つの物語)
【SM 官能小説】

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秘密 ……… 第一の物語-3

「昨夜は、どこかにお泊りになられたようですね……雪乃奥様」と男は言った、
いつもの庭師の男は浅黒い肌をした首筋に汗を滲ませ、シャツに包まれたでっぷりと突き出た下腹をゆすりながら、刈込用の鋏を手にしていた。
都心ある広い庭のある古い屋敷はもともと夫の祖父の代から引き継がれていたもので、私と夫は、結婚当初から広い屋敷と庭を持て余すように住み続けていた。庭師が私のことを名前で呼ぶのは、夫の母親が亡くなる前に同居していた頃、義母と区別するためだった。
「旦那様のご入院でユキノ奥様もさぞかしご心配でしょうね」
 庭師の卑屈な眼には、どこか相手を探るような微光が漂っていた。
 私はその庭師を好きでなかったが、夫は先代からのずっとここの屋敷の手入れをしてくれている庭師だと言い、彼に庭木の手入れを任せていた。
中年男の庭師の年齢はわからないが、やや小柄で肥満した軀(からだ)つきとべっとりと油で撫でつけた薄い頭髪、それに弛んだ頬肉や顎は脂ぎり、窪んだ小さな眼は狐のように狡猾で卑猥だった。
私は何よりも男の指が嫌いだった。こんなに醜い指があるものだろうかと私は彼の指に目がいくたびにそう思った。無骨で太く、下品な短い指は肥大した幼虫の死骸のように黄ばみ、それは男の淫らなペニスさえ想わせた。

「今日は早朝にまいりましたが、奥様のお姿が見あたらないもので、病院にお泊りなったかと」
「ええ、昨夜は遅くなったので病院のゲストルームに泊まったわ」と私はさりげなく言った。
「それにしても奇妙なことに、わたくしが昨日、病院に電話をかけたら、ユキノ奥様は夕方にはお帰りになって、それ以降、病院にはお見えにならなかったと看護師が申しておりましたが……」と言った庭師は、私とアキオさんとの秘密のすべてを知っているような笑みを頬に溜めていた。
 嫌な男の言葉だった。そして臓腑が腐ったような唇に唾液をたっぷりと含ませて喋る卑猥な声だった。
「旦那様がこういうことになって、奥様もお寂しいでしょうね。まだまだお若い身体でございますから」
彼の声が私の秘密に吸いつくように聞こえてくる。鳥肌が立つほど淫靡な声だった。

 三年ほど以前のことだったろうか。なぜ、夫はそんなことまでこの男に頼んだのか。あれは私が親戚の不幸で急に新潟へ帰省したときだった。
すっかり忘れていた……帰省する前に自分の下着の洗濯物を溜めていたことを。でも家に戻ってみると洗濯ものはなく、干されたあとに部屋の隅に綺麗に折りたたんであった。私は夫がやってくれたものとばかり思っていた。
……いつでも、頼んでいただいてけっこうですよ、ユキノ奥様の麗しい下着の匂い嗅ぎながら念入りに洗ってあげられるなんてこの上ない幸せですよ。そう言えば、下着には奥様の縮れた陰毛がいくつか残っていましたのでわたくしの指で丁寧に紡いで洗いました。もちろん洗濯機なんてものに放り込むのではなく、手洗いしておきましたよ、と庭師は卑猥に笑いながら言った。
私は自分の耳を疑った。夫は私がいないあいだに洗濯物の処理をこの庭師に頼んだのだった。
私は日頃から彼の身の毛のよだつような、あの醜悪な唇と指で肌を舐められるような視線に嫌悪感さえいだいていたが、その彼が私の使用した下着を手に取り、あの醜い指で執拗にほぐし、鼻をあて、唇に涎を滲ませていたことを想像しただけで思わず嘔吐さえしそうだった。
 
急に蝉が私と庭師のあいだを裂くように鳴き始める。
「それにしても、最近のユキノ奥様はお化粧を念入りになされているようで、それに口紅の色も以前とはお変わりになって。奥様も、まだまだ女盛りでございますから、旦那様が入院されても、いろいろなお付き合いもおありでしょう」と、皮肉を込めた薄い笑いを浮かべた庭師は、部屋に戻ろうとした私の背中に向けて言った。
 ねっとりとした視線が背中に注がれた。背筋をなぞり、背中の翳りに染み入り、腰の輪郭を撫で、臀部に触れるような視線に、私は背筋に悪寒を感じるほどだった。そのとき私は、体の芯に震えをきたすような恥辱に襲われた。いったい、この男は私の秘密をどこまで知ろうとしているのか………。



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