不安と憂鬱の朝-1
桐原夏美は目覚まし時計を止めたとたんに、胸に重苦しいものを感じた。今日は学校で特別身体検査があるのだ。
それは、女性の泌尿器に感染する悪質なウィルスによる伝染病の予防のための検査だ。このところ、このウィルスが全国的に蔓延しており、感染者は激しい痛みや出血に苦しんでいるという。そこで、政府は今年から全国の中学校や高校の女子に対して特別検査を実施することを定めたのだ。
このウィルスに感染しているかどうかを見極めるためには、専門の医師が生徒たちの採取したての尿を丁寧に観察する必要がある。
ウィルスに感染していると、尿に微妙な変化があるのだが、その微妙な差は高度の学識と観察力を持つ医師で無いと見極められないのだ。
このような見極めができる特Aライセンスを持った医師は、日本に数人しかいない。そしてそのほとんどが男性医師なのだ。
夏美はそんなことを思い出すと、顔が赤くなった。今日は夏美の中学校で特別検査が実施される日なのだ。 夏美は頭が痛かった。いくら感染症対策のためとは言え、男性医師に自分が排出した尿を見せなければならないのだ。
なぜ、特Aライセンスを持つ医師には女性はいないのだろうか。いっそ学校を休もうかとも思ったが、どうせ後日、あらためて検査させられるのだから、意味が無いことだと思って観念していた。
通学路の途中で親友の由衣に会った。由衣は夏美の顔色を見て、心配そうに声をかけた。
「おはよー、夏美。どうしたの? 顔色が悪いよ」
「おはよう、由衣……いよいよ、今日だね。あの嫌な検査」
「ああ、そうだっだよねー。おしっこの検査なんて、恥ずかしいよねー」
「うん……男のお医者さんらしいし……どんなふうに検査されるのかなあ」
検査のやり方については学校側からは何も知らされていなかった。夏美は噂で聞いた話を思い浮かべた。採取した直後の尿を小さな瓶に入れて医師に渡すということだった。自分の目の前で自分の尿をつぶさに観察されるらしい。
夏美は自分の尿を他人に見られたり、触られたりするのが嫌だった。恥ずかしいし、汚いし、気持ち悪い。自分の体のことは、自分だけのものにしておきたかった。
それだけでも頭が痛いのに、もし感染していたらその場で治療を受けることになる。その治療というのが、尿道に細い管を挿入して、薬液を注入するというものだった。その痛みは想像するだけでぞっとした。
「もう、その話題はやめようよ。 気分が暗くなるから。 今日は何か楽しいことを考えようよ。ねえ、昼休みにはケーキを買って食べようか」
「そうだね。放課後、映画でも見に行く?」
そんな話をしているうちに学校に着いた。
最初のホームルームの時に、担任の教師が教壇に上がった。
「女子の皆さんはこれから特別検査を行います。体操着に着替えて保健室に行きなさい。男子は通常通りの体育です」
「ええっ!」
「うわぁ、やだなぁ!」
「いよいよかぁ」
教室内は嫌がる女子の声でざわついた。男子たちは、ひそひそ話をしていた。女子たちの特別検査に興味を持っているようだ。
男子も女子もそれぞれの更衣室に移動して体操着に着替えた。夏美と由衣も例外ではなかった。彼女たちは白いシャツに紺のブルマーという格好だった。夏美は自分の体に目をやった。まだ幼い体つきだったが、胸は少しだけ膨らんでいた。隣の由衣のほうが胸が発達していて、ちょっぴり羨ましかった。
夏美たちが更衣室から出ると、体操着の男子たちが数人、薄笑いを浮かべて寄ってきた。
「よう、お前ら特別検査なんだってな。どんな検査やるんだ?」
「そんなの知らないよ。こんなこと初めてなんだから…」
「ふふふ、きっと、お前らのあそこをチェックするんだよ。ほら、感染症対策だからさ」
「ええっ? まさか…… いい加減なこと言わないでよ!」
「なあ、おまえら、あそこの毛は剃ってるのか? 剃ってないとお医者さんに怒られるぞ」
「もう、うるさいなぁ! あんたたちは普通の体育の授業でしょ! さっさと出ていきなよ!!」
女子たちの一喝で、男子たちは蜘蛛の子を散らすように運動場に出て行った。女子たちはぞろぞろと保健室へ向かった。
「ねえねえ、あたしたちの検査するの、どんなお医者さんなんだろうね」
由衣が夏美に小声で聞いてきた。由衣は相変わらずおしゃべりで好奇心旺盛だ。
「うん……わからないけど……女の先生だったらいいのに……」
夏美が肩をすくめて答えた。夏美は大人しくて控えめな性格だった。
すると別の女子が話に割り込んでくる。
「いやあ、それはあり得ないよ。どうせめがねデブのおっさんの先生だよ」
「やぁだ。どうせ男のお医者さんに検査されるのなら、若くてかっこいい先生がいいなあ」
由衣は夢見るようなことを口走っている。彼女はイケメンに興味があって、よく韓流アイドルの話をしていた。
「そんな先生に検査されたら、もっと恥ずかしいよ」
夏美は顔を赤くして、溜め息をついた。
女子たちはワイワイ言いながら保健室に入っていく。 夏美と由衣も保健室に入った。
受付はいつもの保険医の女の先生だ。 白衣を着て眼鏡をかけていて厳しい表情をしている。
「皆さん、ちゃんと検尿が採取できる状態になってますか?」
彼女は生徒たちにカルテを配りながら、声を張って尋ねてくる。
「は、はい。大丈夫です!」
「私も大丈夫かなあ……」
「あの、あたしは……ちょっと」
ほとんどの生徒は準備ができているようだったが、すぐに採取できそうに無い生徒は水を何杯か飲んで後ろの方に並ぶことになった。夏美と由衣は採取できる状態だったので、前の方に並んだ。