再会-1
秋――。
「楓さん、マンゴーのモデル素敵でした!」
「やだぁ、ゆきちゃん見ちゃったの?」
「見ちゃったに決まってるじゃないですかぁ! ほら見て! ファッション誌の表紙にランジェリー特集、大手新聞の全面広告、マンゴーのカタログ、ぜんぶスマホに撮って保存してます!」
都内のカフェで、ゆきと楓が向かい合って座っている。
彼女らは今日、とある女性誌の「全員注目! 楓&ゆきが語りつくす『キレカワ』ワーママの作り方」という企画に呼ばれ、さきほどまで対談とファッションスナップの撮影を行っていた。次の予定まで二人とも時間があったため、近くのカフェに立ち寄ったのだ。美魔女グランプリで奇跡的な再会を果たしてしばらく経つが、公私ともに多忙を極める彼女らが二人きりで落ち着いて話す機会は、意外にもこれが初めてであった。二人のテンションも自然と上がる。
「しかもグローバル専属モデルですからね。今や世界中が楓さんに大注目してるんです!」
「自分の下着姿が載ってる媒体あらためて羅列されるとめちゃくちゃ恥ずかしいわね」
「この新宿ウォール123なんて凄いんですよ? 見ましたか?」
「あー、それね……見てない」
「新宿ウォール123」とは新宿駅の東西通路に設置されている幅百二十三メートルにも及ぶ巨大デジタルサイネージである。名だたる一流ブランドが歴史的名作広告を発表してきたいわば交通広告の頂点ともいえる一等地に、今回シークレットマンゴーが初お目見えした。
「この東西通路、ぜんぶ楓さん! こうやって歩いてくと楓さんがいろいろな男性モデルさんに少しずつ脱がされていくんです! そして最後はマンゴーランジェリーだけになって黒人モデルさんとキス……! 格好いい! しかもキスする相手はランダムで変わるんです!」
「それ撮影大変だった。いったい何回脱がされ何人の男とキスさせるのって……」
「ぜんぶ素敵です! 堂々としてるしカッコいいし、ホントのモデルさんみたい!」
「ほんとはゆきちゃんがそこにいるはずだったんだよ」
「私にはぜぇーーーーーったい無理です! 恥ずかしがって撮影になりませんよ。美魔女の撮影でもポージングとか歩き方とか視線とか表情とか何度も何度もカメラマンさんに直されて……。セクシーポーズは結局最後までうまくできなかった。えへへ」
「ふふふ。でもそんなゆきちゃん、すごく可愛かった。昔と変わってないね」
「最後には『もうあなたは素人っぽさを逆に出してくしかないわ』なんて呆れられてちょっと悲しかったですけど……」
「私もそれがゆきちゃんの魅力だと思うよ。見てて思わずにんまりしちゃったもん」
「むーー。でもグランプリの撮影はそれで良くても、やっぱりマンゴーのモデルとなると私じゃ務まらなかった気がします。楓さんが選ばれてよかったです!」
「ふふふ、ありがと。人気じゃゆきちゃんには全然負けてるけどねー。あのネット投票さ、最後ぜったい調整入ったと思わない?」
「そんなことないですよ。楓さん綺麗だしスタイルいいし、お仕事もフリーランスですごく活躍してる。みんな選ばれて当然て思ってます」
「ネットじゃ私がジャーナリストだからマスコミに手を回したんだろなんて言われてるんでしょ?」
「一部の人たちが騒いでるだけです!」
「私そもそも、マスコミ敵にまわすような記事ばかり書いて煙たがられてるのにね、うふふ」
「楓さんの書いた記事、読んでます。かっこいいです」
「あ、そういえばゆきちゃんの旦那さんJポストよね? Jポスさんもいつも忖度なしの記事出しててすごいわ。大変なんだから」
「小さいメディアだし忖度とは無縁なのかな」
「なにか面白いネタ掴んだらJポスさんに売り込みにいこうかしら」
にこっと笑う楓とは対称的に、夫の話題が出たことでゆきの胸はチクリと痛んだ。
*
「なんにせよ、まさかこのタイミングでゆきちゃんと再会できるなんて思ってなかった。私にとってはそれが美魔女で一番うれしかったことだよ」
「私もです! 最後、あんな別れ方しちゃったから……」
ゆきと楓は大学時代の一時期、単なる「仲良しの先輩後輩」という関係を越える間柄だった。それぞれの恋人を交え、男女四人で4Pやスワッピングに明け暮れる爛れた過去。ある日の早朝、楓の彼氏Eの部屋から一人で出てくるところをサークルのメンバーに目撃され大バッシングを受けたゆきは、大学をしばらくドロップアウトせざるを得ない状況に陥った。
「あのときはごめんね。何も力になれなくて」
「ううん。楓さん、あのあと私の友だちに色々フォロー入れてくれてたの知ってます。それなのに私、何もお礼できなくて」
「陰ながらずっと気にしてたから。その後人づてに、ゆきちゃん復活して元気にやってるって聞いて安心したよ」
「楓さんに最後ご飯誘われたの、すごく嬉しかったです。でも私断っちゃって、今でもときどき後悔してます。申し訳なかったなって」
「あれはショックだったわ。こりゃ完全に嫌われてるなーって。あはは」
「そんなことなかったんです! あのときはもうそれどころじゃなくて……抜け殻の廃人みたいになってましたから」
ゆきと楓は、二人のその後についてお互いに報告しあった。二人の長い長い空白期間を埋める温かな時間。
楓は大学卒業後にEと結婚し双子を含む四人の子をもうけた。勤めていた大手マスコミを退社し十年近く育児に専念した後、フリーランスのジャーナリストとして独立を果たしたのが最近の話。