第二十四章 背中-1
【啓介と同居 三ヶ月目】
【20●1年3月26日 PM10:00】
翌日の夜。
夫婦の寝室で。
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小さな背中は決して動こうとしなかった。
折角、今日も早く帰って来たというのに。
この頃、異常に感度が良くなった妻に武は夢中になっていた。
まるで新婚当時の気分で毎日が新鮮に感じる。
だが妻は昨夜から決して抱かせてくれなかった。
何故か帰ってからも不機嫌で又、父と喧嘩でもしたのかと思っていたのだが、最近仲直りしたのか楽しそうに会話しているのが意外で、返って自分だけが取り残されている気がした。
それでも、強引に振り向かせるだけの勇気が湧かない武であった。
一つだけ、心当たりがある。
昨日、うっかり名刺入を忘れた。
たしか机の上に置いていたはずである。
それが何故か、机の引出しにしまってあったのだ。
念のために中を調べてみたら微妙に名刺の順番が違っていた。
武の心は氷ついた。
妻にバレタのではないかと思ったのだ。
今日、駅のごみ箱に捨てておいたのだが、せこくサービススタンプ付きの名刺等、取っておくのではなかったとひどく後悔した。
あれから一度も浮気はしていない。
一度に小遣いが増えたので浮かれてしまって通ったのだが、不感症だと思っていた妻が急に可愛い喘ぎ声を上げて感じてくれると改めてその魅力を再発見し、自分の罪の深さを思い知るのだった。
武は辛抱強く待つ事にした。
妻に問いただしても良いのだが返って逆効果になるよりも、ジッとホトボリが冷めるのを待つ方が得策と思ったのである。
幸い父への苦情もこの頃聞かれない事だし、元々妻には余り強くは言えないのだから。
そう決めると安心したのか、軽いイビキをかき始める武であった。
背中から夫の寝息が聞こえ始めると、恵はため息をついた。
昨日、義父に慰められて一応は納得をしたつもりであったが、やはり心の傷は大きく許す事が出来なかった。
いつか雑誌で見た風俗嬢の顔が頭に浮かぶ。
今その手の娘達はアイドルのように若く、可愛い顔立ちをしている。