第七章 約束-1
【啓介と同居 三ヶ月目】
【20●1年3月15日 AM11:30】
リビングで。
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恵は今日、ずっと不機嫌であった。
朝から降り続く雨は、恵から何よりも楽しみである洗濯物を干す作業を取り上げていた。
ただそれだけでは無く、これまで積もりに積もっていた不満が身体中に充満して破裂しそうなのだ。
勿論、義父の事が殆どであったが、最近は夫の武への苛立ちが増えていた。
あれほど願ったのに義父に注意する訳でも無く、逆に毎晩のように遅くまで飲んできて夫がいない義父と二人きりの夕食の時間を増やしていた。
恵なりに夫を気遣っていたつもりではあったが、いくら何でもひど過ぎると思った。
ただでさえ毛嫌いしている義父との会話は苦痛でしかない。
義父の方でも同居を始めてから数ヶ月程過ぎ、この頃では何かと優しい事を言うようになったのであるが、自分から折れようにも恵の頑なな態度に、つい意地を張ってしまうのであろう。
二人の冷戦は予想以上に長く続いていた。
こんな時にこそ、夫に取りなして欲しいのに。
いつも接待をいい訳にしている。
毎回のように香水の匂いをつけて帰って来る夫に昨日はくどい程、念を押したのだ。
そう、昨日は二人の結婚記念日であった。
だが、間の悪い時はあるもので昨夜は本当に重要な接待があり、武はその日の内に帰る事が出来なかった。
酒臭い息で言い訳する夫に背中を向けたまま小さな肩を震わせて黙り込む事ぐらいが、恵のはかない意志表示であった。
(夫婦って、何だろう・・・?)
何度この言葉を呟いたであろう。
これまでは貧しいなりに家を買うという一つの目標に向かって二人で力を合わせてきたのに。
それが叶うと直ぐに夫は離れていってしまった。
自分には魅力が無いのであろうか。
昨夜はご馳走を用意して待っていた。
その日は義父も不在で、二人きりの夜であった。
この頃少なくなった「営み」を久しぶりにしようと、ムードたっぷりに計画したのに。
その為に夫の希望していた「口でする」事すら努力してみようと、こうしてその手の専門誌を買ってきていたのだ。
久しぶりに目にしたそれは若い時の印象そのままに恵には、くだらなく感じた。