迷走〜承〜-2
俺は通報されないという事だけで満足すればいい、理由などいらないはずだった。
「念のためだ、念のため」
「そう言うのに首を突っ込みたくないんですよ」
正論ではあったが
「いいのか?犯罪者を野放しにして」
それを聞いてまた運転手は吹き出した。
「ますますおかしな人ですね」
「いや、あんたがおかしい。どうするんだ?俺がまた犯罪を犯したら」
犯罪者が軽犯罪者に説教を垂れる、何とも奇妙な光景だった。
「どうするも何も。関係ないじゃないですか」
「関係ない?」
「あなたが人を殺そうがドラッグをしようがわたしには関係ないんですよ」
「俺はあんたの家族を殺すかもしれないぞ?」
「あなたがそんな何のメリットもない、面倒な事をするとは思えませんが?」
確かにそうだった。
助手席にある運転手カードから得られる情報は名前と会社名しかない、そこから自宅の住所を割り出し、殺しに行くのは結構な労力がかかる。
まず会社に電話しただけではこのご時世、住所は教えてくれないだろう。
そうなると直接会社に出向かねばならない、だがそこでも直接出向いたからといって教えてもらえるとは限らない。
そして教えてもらって殺したとしても何の見返りもない、ただ罪が増えて行くだけだ。
そもそも俺がそんな根気がいる作業ができるなら、もとからニートになどなっていない。
「わからないぞ?」
とりあえずハッタリをかましておく。
「それでも可能性は低いです。人間見返りがないのに頑張れる者など稀有ですから」
「俺がその稀有な人間かもしれないぞ?」
「もしわたしが今あなたを通報しようとしたらあなたはどうしますか?」
俺の質問には答えず、運転手は俺に問いた。
「それは…」
一瞬俺は口ごもる。そんなのはもちろん殺すに決まっているからだ。
「口封じのために殺すでしょう」
見透かしたかのように軽く微笑みながら運転手は言った。
「まあそうだな」
それは否定しようがなかったので仕方なく肯定した。
「わざわざわたしが命の危険を冒してまで通報するのと、通報しないで家族が殺されるという極僅かな可能性に怯えるのでは、あなたならどちらを選びますか?」
「通報しない方」
人間としてここは是が非でも通報するといいたいところではあった。
しかし、もう嘘を付くことはできなかった。
「やっとわかってくれましたか」
運転手はやれやれと言うように肩を落とした。
「で、話は変わりますがね。雲取山の…」
そしてまた長ったらしい山の話を始めたので俺は急いで目を閉じた。
夏の部活はとてもキツい。それは止まることのない汗、終始休まることのない日差し、
容赦ない暑さ、など様々な要因による。
だが、それを終えた後に獲る解放感、爽快感には何事にも代え難いものがあった。
そして俺は今日も帰宅後、キンキンに冷えたアクエリアスを一気飲みする。
「ぷはーっ!」
2Lのペットボトルは忽ち空になる。そう、この時こそ16歳の少年が幸せを感じる瞬間だった。
俺はアクエリアスをゴミ箱に捨てると、鼻歌まじりにとシャワーへと向かった。
「ふぅー!」
冷水のシャワーを頭から浴びる。
今日一日の疲れも一緒に流れて行くような感覚
オナニー以外で快感を感じるのはこの時ぐらいのものだ。
「落書きの教科書と外ばかり見てる俺〜♪」
そして歌を歌う。16才の午後、尾崎豊、俺は今最高に幸せだった。
ちょうどサビに差し掛かる頃、ヤツが来た。
「デンデンデン!盗んだバ…ゴフッ!」
「お兄ちゃーん!」
ドアを突き破るような勢いで扉を開け放ち、思いきり背後から俺に体当たりを食らわせる。そんなヤツを俺は一人しか知らない。