闇よ美しく舞へ。 4 『深夜タクシー』-1
タクシードライバーにとって深夜営業とは、なかなかどうして、金には成るがキツイ仕事でもある。
そして時にはこんな事も。
「お客さん着きましたよ! お客さん、ねえお客さん!?」
駅前で乗せた若い女性客、寝込んでしまっているのか返事がない。
運転手は振り返って、後部座席に目をやった。すると。
「ちぇっ! またかよ!」
客が居ない。
目的地到着寸前に、ルームミラーで見た時は確かに居たはずの女性の姿は何処にも無く、変わりにぐっしょりと、後部座席が濡れていた。
幽霊!?
ところが運転手は、あまり驚く風もなく、タダ乗りされ、逃げられた客に悔しがるかのように「ちぇっ!」と、舌打ちをして、顔を渋らせるだけである。
「たくよう。これだから『藤見晴聖地霊園』までって客は嫌なんだよっ! だいたい深夜に霊園なんかに来たがる客に、ろくな奴がいねぇ! 幽霊だか何だかしらねーが、ここまでの乗車料金ぐらい払ってから消えやがれってんだ!」
運転手は、そんな事をぼやくと、車をUターンさせ、もと来た道を引き返して行った。
乗せた客が突然消え、実は幽霊だった、そんなオカルト話はどこにでも有るものだ。だが実際にそんな場面に出くわしたタクシードライバーは少ないだろう。
そこへ行くとどうやらこの運転手、何かと幽霊に縁があるらしい。初めのうちは驚いて同僚に話をした事もあったが、誰もそんな話は信じてはくれない。水商売系の女にでも騙されたのだろうと、笑い話に成るのが関の山である。しかしながら、2度3度とそんな事を体験しているうちに、どうも慣れっこに成ってしまったらしい。
「いらっしゃい! お客さん、どちらまで」
そしてまた、今宵も深夜に客を拾う。
〜〜〜〜〜〜
「『藤見晴聖地霊園』までお願いします。家がその近くですから」
タクシーの後部座席に腰を下ろしながら、美闇(みやん)は運転手のおじさんに向ってそう、行き先を告げた。
すると運転手は、何だか人を疑った様な眼つきでもって、美闇の事を、頭の先からつま先まで見回して来る。特に短いプリーツスカートから覗かせる、細くてしなやかそうな太ももの辺りをじっと見据えると、
「足はしっかり着いている様だな」などと、呟いたりもする。
「なにか?」
美闇は美闇で、こんな時間に若い娘がタクシーに乗り込んだりして、家出娘かはたまた不法な商売女か、もしかすると、夜遊び大好きな不良少女の類(たぐい)なのではと、運転手が疑って居るのだろうと、思ったりもする。
しかしながら、そんな風に美闇のことを眺めていた運転手ではあったが。
「まあいやぁ」そう一言吐き捨てると、今度は美闇に向かって片手を伸ばし。
「藤見晴聖地霊園までだったね。じゃぁ1050円だよ」
と、料金を催促してくる。
「えっ!? このタクシーは料金前払い制なんですか!?」
はじめての事で、美闇も戸惑った。
「なーにね。最近、藤見晴聖地霊園までってお客さんの中に、料金払わずに消えちゃうって人が多いからね」
「それってタダ乗りってことですか」
「あれっお嬢ちゃん、噂話ぐらい聞いたことない?」
「まさか…… それって、振り返ったらお客さんが消えていたって言う、幽霊の話ぃ」
「アッハハハハァ! こんな話し、若い娘さん向きじゃなかったかな。まあ兎に角、藤見晴聖地霊園までなら1050円、足が出た分は取らないから、前払いでお願いね」
「解かったわ」
変わった運転手さんだな。そう思いながらも美闇はポケットから財布を取り出し1100円を運転手に渡した。
運転手はその金を受け取ると、50円玉を一つ、つり銭として美闇に手渡し、タクシーを夜の街へと走り出させるのだった。