楓南と恵未 -1
初夏のある週末の朝のことだった。
その日も1週間の仕事の疲れを癒すべくゆっくりと朝寝を楽しんだ後、ひとり寝のダブルベッドからノソノソと起きだしていつものようにひとりで簡単にブランチを済ませ、ダイニングキッチンの片付けと掃除をしていた。
すると
“ピンポーン”
インターホンのモニターに若い女らしい姿が写っている。
何かのセールスだろうか。
「はい」と答えると
「楓南(ふうな)です。」
女は遠慮がちに返事をした。
?なんだろう?
「は〜い、今開けまぁす。」
玄関まで慌てて走った。
「こんにちは。お久しぶりです。」
「いらっしゃい楓南ちゃん。今日はどうしたの?」
「近くまで来たので寄ってみたんです。」
「あぁ、よく来てくれたね。うれしいな、上がって。」
「はい、お邪魔しまぁす。」
「どうぞ。」
やって来たのは、半年前から別居中である妻恵未(えみ)の妹楓南だった。
恵未に似て頬にできる大きなエクボがチャーミングでちょっとそそられる。いや、かなりそそられる。
妻の妹という関係が悩ましい。
これまでも恵未がいる時に何度か遊びに来たことがあったのだが、恵未がいなくなってからは初めてだ。
休日にわざわざやって来るというのは恵未から何か頼まれたからなのだろうか。
いや、非もての俺にとって理由が何であれ若くてきれいな女と親しく話ができるというだけで気分が上がる。
楓南は部屋の中を見回して
「ふ〜ん、お義兄さん案外きれいにしているんですね。」
「うん、恵未がいつ帰ってきても叱られないようにね。恵未はきれい好きで、いつもきちんと片付いていたから。」
「そうなんですね。」
「ところで恵未はどうしているの?」
「最近パートに出るようになったんですよ。だから、もうここに戻るつもりはないのかもしれない。」
「そうか…。」
落胆した気持ちが声に現れる。
「ごめんなさい。」
「いやいや、楓南ちゃんが謝ることじゃないよ、もともと俺が悪いんだし。」
恵未が家を出た経緯は、ある飲み会の後、俺が悪友に誘われて怪しげなサービスをする店に行ったのが恵未にバレて怒らせたからなのだ。
数年前に一度酔った勢いで、やっぱり友人に誘われて行った別の風俗店でいかがわしいサービスを受けて恵未を怒らせた前歴があって、もう二度とそういう店には立ち寄らないという約束をしてたのに、それを破った意志薄弱な俺に愛想を尽かして実家に戻ったということだ。
酒に酔ってタガが外れたせいとは言え、自業自得のひとり住まい中なのだ。
「コーヒーでも淹れるね。」
「私も手伝います。」
楓南はキッチンに入ってきて俺と並んだ。
姉の恵未と背格好はほぼ同じ、恵未を思い出してしまう。
「こうして楓南ちゃんと並んでいると、なんだか恵未が戻ってきたような気分だなぁ。」
「ほんとに? 私、姉さんと似ているってよく言われるんですよ。」
「そうだね、恵未をちょっと若返らせたような感じかな。」
「ふふふっ、姉さんが戻ってきたようでうれしい?」
「うん、でも楓南ちゃんもいいな。」
久しぶりに若い女性と接したせいで、つい悪乗りして戯言を言ってしまった。
これが楓南の背中を大きく押したのかもしれない。
「ほんとに?」
楓南は背伸びして、俺のほっぺに唇を寄せ、そこにかすかに紅の跡を残した。
「あっ!チョッ!」
「フフッ、うれしい。」
俺は驚いて、持っていたカップを落としそうになった。
楓南はその日は特に何をするわけでもなく、コーヒーを飲み、楓南が持ってきたケーキを食べて雑談をして帰っていった。
それから楓南は1週間おき位の頻度で、週末に俺のマンションにやって来るようになった。
話をしたり、アイロン掛けや繕い物など俺の身の回りの世話をして夕方までいて、たまに夕食を共にして帰っていくのだった。