楓南と恵未 -2
何度目かにやって来たある日のことだった。
その日も楓南はあれこれ身の回りの世話を焼いてくれていた。
「俺ちょっと近くの商店街のスーパーに買物に行ってくるから、楓南ちゃん留守番していてくれる?」
「じゃぁ私も一緒に行く。」
スーパーまでは歩いて7〜8分だ。
マンションを出て2人並んで歩き始めた。
「こんな風に2人で買い物に行くのは初めてね。私達って夫婦に見えるかしら。」
「うん、ちょっと年の離れた夫婦に見えないことはないだろうな。」
俺は能天気に何も考えずに言った。
「ふふっ、楽しいな。」
楓南はしばらく俺と腕を組んで歩き、スーパーに着くと持っていった買い物メモを片手に俺と相談しながら、それらしく品定めをして商品をカゴに入れていた。
そして往きと同じように腕を組んでマンションに帰ってきた。
「楓南ちゃんに一緒に見てもらって助かったよ。ありがとう。」
「お安い御用よ。わたしだって主婦できるでしょう?」
「そうだね、もういつでも家庭を支える大黒柱になれるかもね。見直したよ。」
「ふふっ。」
その日もいつものように夕方まで俺のマンションで過ごして、帰っていった。
こうして何度も来てるんだが楓南が俺のところに来る理由がわからない。
俺に反省している様子があるのか報告しているのなら言動に注意しなければ恵未が戻ってくる可能性が低くなる。それとも…。
次に楓南が来た時、これまで疑問に思っていたことを話の合間にそれとなく聞いてみた。
「楓南ちゃんは恵未から俺の様子を見てくるように頼まれてるの?」
「ううん、違う。私の意思で来てるのよ。」
「それなら俺なんかのところよりもっと楽しいところがあるんじゃないの?」
「お義兄さん、私が邪魔だから来ないほうが良いの?」
「いや、勿論楓南ちゃんが来てくれるのは嬉しいさ。」
「それなら良いんじゃないの?私がいると鬱陶しくて邪魔だって言うのならもう来ないけど。」
上目遣いに俺を見て、何となく寂しげな顔をして言った。
なんとも男心をくすぐる表情だ。
やっぱり俺にちょっとは気があると思って良いんだろうか。
「ごめん、そんなつもりじゃないんだ。そういうことなら楓南ちゃんがここに来ることを恵未がよく思わないんじゃないかと思って。」
「姉さんは姉さん、私は私だから関係ないわよ。それにお義兄さんのとこに行くとは言ってないし、母さんも友達の家にでも行ってるんじゃないかと思ってるでしょ。」
「だったら余計まずいんじゃないの?娘を裏切った男のところは…。」
「だからそんなことはどうでも良いんだって! 母さんも姉さんも関係ないの。私がお義兄さんのとこが良いから来てるのよ。」
「う・うん、わかった。ありがとう。」
若い楓南が俺に好意を寄せている様子を目の当たりにして少々舞い上がってしまった。
何事にも楽天的な俺は、その結果として三角関係でこの先とんでもない事態に陥ることになるとは夢にも思ってなかったのだ。
「ついでに言うけど、もう私のことを『楓南ちゃん』なんて呼ばないで! 姉さんのこと『恵未』って言うんだから、私も『楓南』って言ってよ。」
「だって。」
「だってもヘチマもないの!『楓南』って言えばいいのよ!」
「う・うん、わかった。」
「じゃぁ言ってみて。」
身体を乗り出してきた。
「ふうな…。」
「だめ、もう一回!」
「楓南。」
「はいっ!」
「なんだか照れるなぁ。」
「すぐに慣れるわよ。私もこれから『お義兄さん』じゃなくて『宗介さん』って名前を呼ぶからね。いいこと?」
「う・うん、わかった。」
楓南は満足そうにニッコリ微笑んだ。
楓南の勢いに押されて、変な方に話が進んでしまった。
やぶ蛇になったようだ。
しかしあの笑顔は何度見ても癒される。
できることなら毎日でも見ていたい。男ならだれでもそう思うのではないだろうか。