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チュー、したい!
【コメディ 恋愛小説】

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第二章 プレゼンテーション-1

雨宿りの人が増えてきたのと、彼の腕時計がオーナーとの打ち合わせ時間まであと何分もないことを告げると、男は決心するように雨の中を飛び出していった。

もうヤケクソであった。

頭の中は、彼女の宣告文の最後の3行と、先週のオーナー夫人の言葉がグルグル回っていた。 

「再来月の19日は私達の結婚記念日なのよ。
だからビルの着工日は絶対、この日じゃなきゃダメ・・・。
これだけは譲れないわ。」

男は顔から流れ落ちる汗をハンカチで拭いながら、恨めしそうにオーナーの顔を見た。
オーナーはすまなそうな視線を男にかえし、困った顔をしていた。

オーナーと夫人は夫婦仲が良く、若い頃から二人で苦労してここまで財を築きあげてきたのであった。
そこで今年の結婚記念日に愛する妻へのプレゼントとして、最上階を住居にしたテナントビルを建てる事にしたのである。

打ち合わせは順調に進んでいた。
夫人が来るまでは・・・。

男は本当に有能な建築デザイナーであった。
不幸なことに・・・。

ただでさえ締め切りがキツイ仕事であるのに、このあまりにも急な仕事を上司は、有能でどんな仕事もうまく終えてしまう、この男に託したのであった。

男は休日を返上して、素人にもわかりやすい平面プランと模型を作って説明した。 

オーナーは物分かりのいい聡明な紳士で、この無理な日程にもかかわらず仕事をテキパキとこなしていく男に、好感をもって打ち合わせをしていった。
だが、ほぼプランが決まって妻を驚かそうと参加させた先週の最終打ち合わせ・・・。

この日決定しないと、とても結婚記念日に着工というロマンチックなプレゼントはできないと、何度も念を押していたのにもかかわらず。

で、大幅な変更を要求してきたのだ。

結婚して以来、いつも自分の背中に愛情を込めた瞳を向けて、ついてきてくれていた妻が初めて示す反応であった。
まさか反対されるはずはないと思っていたオーナーは、結婚記念日のプレゼントだからこそ、こだわりたいと妻に言われてみると、気の毒な男にすまなそうな視線を送る事だけしか出来なかった。

男の背中に、冷たい汗が流れてきた。

綱渡りのような毎日で、役所にも確認の為何度も足を運び、何とかスケジュールにのったところなのに。
他にも数件、仕事をかかえていた。

いつ爆発してもいいくらいの彼女への仕打ちを考えても、最終打ち合わせでの大幅な変更は死刑を宣告されるよりも辛かった。

有能な建築デザイナーでなかったら・・・。
こんな汗は、かかないであろう。

どっちにしろ、こんなキツイスケジュールでは、打ち合わせの図面すら出来ていないだろうから。
どうせ、間に合わないだろうと開き直るであろうから。

でも、不幸な事に彼は優秀な男であった。 
そして、優しかった。

オーナー夫妻の気持ちもわかるので、何とか一週間もらって変更図面と模型をつくりあげたのだ。
ただ、週末のデートは、4度目のキャンセルと共に、今日、ラストチャンスを迎える事になってしまったのだが。

雨の中、男はひたすら走るしかなかった。


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