第四章 再会-1
何回目かの交差点の人波を眺めながら、男は又ため息をついた。
会ってどうする、というのだろう。
相手は人妻である。
自分は何を望んでいるのだ。
危険な恋をするのか。
それとも新手の売春かもしれない。
帰った方がいい。
世の中、そんなに甘くはない。
せっかく、いい夢がみられたのだ。
会って、それを壊したくない。
そう、やめた方がいい。
相手にしたって、こんな若ハゲの男等失望するだけだろう。
やっぱり帰ろうとした時、交差点の向こうに男の視線はクギ付になってしまった。
モスグリーンのワンピースを着た女性が、傘越しにジッとこちらを見つめていた。
ロングヘアーの落ち着いた感じの美人であった。
男のイメージそのままで、どこかで会った事があるような気がした。
信号が変わって、交差点を渡る人波の先頭からモスグリーンの色が徐々に大きくなってくる。
女の視線は男を離さず、真っ直ぐ顔を向けたまま近づいてくる。
男はその美しさに呆然と立ちつくしている。
ポケットパークの床をヒールの音をさせながら、女は近づいてきた。
そして迷いもせずに言った。
「あの・・・高橋さんでしょうか?」
言ったとたん、顔を赤らめて俯いている。
男の心臓が早鐘のように脈打っている。
「は、はい・・・。そうです」
女は顔を上げると、胸に手を当てて言った。
「良かった・・・。
信号を待っている時、遠くからあの人だって思ったんです。
イメージ通りのやさしそうな人でした」
「ぼ,僕もすぐ分かりました。
す、すごく美しい・・・人だと、思いました」
二人は見つめ合うと、吹き出してしまった。
「歩きませんか・・・」
「ええ・・・」
男が歩きだすと、女は自然に腕を組んできた。
女の傘の中で、二人は雨の街を楽しむように歩いていった。
腕の温もりがくすぐったく、雨の音が心地良かった。
「あの・・・どこかで会った事無いかな?」
男がためらいがちに聞くと、女はクスッと笑って答えた。
「まだ分からないの?
高橋君、私よ・・・。
林京子よ・・・」
男は立ち止まり、マジマジと女の顔を見つめた。
笑った頬に、えくぼができている。
「あーっ・・・。
は、林さんかー。
えー、本当・・・?」
女は嬉しそうに微笑むと、男の腕を引っ張るように歩いていく。
林京子は中学三年の時、同じクラスの委員どうしであった。
男は彼女に対して恋心らしきものは感じていたのだが、とうとう言い出せないまま別々の高校に進み、それっきりになっていた。
クラス会も無く、こうして会うのはもう十八年ぶりになるのだった。
「ヘェー。
奇麗になったんだなー・・・」
「高橋君こそ・・・。
こんなに背が高くなって、ステキよ」
女はうっとりと、頭をもたれてくる。
いい香りがする。
二人は公園にやってくると、青い屋根の下のベンチに座った。
「僕なんか・・・ダメさ。
見てよ・・・。
こんなにハゲちゃって・・・。
まだ独身だし、おまけにテレクラなんかに、いってるし・・・」
「あら、それじゃあ私も同じよ・・・。
違うわ、高橋君・・・。
ちっとも変わっていないわ。
ステキよ、自信もって・・・」
京子は真剣な顔で見つめてくる。
「本当に男らしかったわ。
私・・・ずっと好きだったの。
高橋君の事・・・。
だから、今日会えてすごく嬉しかったの。
あの頃の高橋君、イヤな教師にも堂々と抗議してくれたりして・・・」
女の言葉に、辛そうな表情で男が言った。
「そんな・・・。
ダメだよ僕なんか・・・。
今じゃあ毎日ビクビクして上司にへつらっているし・・・」
「そんな事はないわ・・・。
高橋君は変わらないわ。
私・・・」
京子の潤んだ瞳が近づいてくる。
「林さん・・・」
男も心が吸い込まれそうになる。
「好きよ・・・。
キス、して・・・」
二人はゆっくりと唇を重ねた。
屋根に落ちてくる雨音がBGMのように、二人を包んでいる。
顔を離すと、林京子の顔が、谷口ゆりの顔に変わっていた。
「好きよ・・・高橋さん。
自信、持って・・・」
男は呆然としながら、女の顔を見つめて言った。
「ゆ・・・り、ちゃ・・・ん」