幸せは君-1
カーテンの隙間から朝日が射している。俺は、それを浴びながら隣で気持ち良さそうに寝ている鈴子の頬を撫でた。
「うぅ…ん…」
もぞもぞ動きながら、俺の方に寝返りを打つ。
「鈴子」
そっと呼び掛けてみると、鈴子はふとんの中に潜り込んでしまった。
「鈴子?」
「う〜…ん」
ふとんの中から切なげに呻く声が聞こえたかと思うと、ゆっくり鈴子が顔を出した。
「流、おはよ…」
朝一番の鈴子の笑顔は、世界を照らす太陽よりも美しく、太陽よりも大切で、太陽よりも輝いている。
これでやっと、俺も目が覚めたっていうもんだ。
俺の名前は橘 流。そして、俺の隣でうーんと伸びている水城 鈴子とは、恋人という間柄になって四年目になる。
大学を卒業して、仕事にも慣れだした去年の九月から、俺たちは将来のことを考え同棲をすることにした。この小さなアパートで暮らし始め、もうすぐ一年が経とうとしている。
「はい、コーヒー。久しぶりの休みね」
鈴子は俺にコーヒーを手渡しながら、隣に座る。そして、自分のコーヒーにフーフー息を吹き掛け啜った。
「あぁ、そうだな。最近、日曜日に二人とも仕事が休みなんてこと、なかったもんな」
こんなに爽やかな朝は久しぶりだ。しかも、今日は天気もいい。
「だから今日は」
「ねぇねぇ!昨日、DVD借りてきたの。これから見ない?友達のオススメなんだって」
どこかに行かないか?と誘おうとしたが、それはどうやら無駄なようだ。鈴子は既に、デッキにディスクをセットしている。
不意に、コーヒーを飲む俺の膝の上にぴょんと何かが乗っかってきた。
「ユキ、おはよう」
そう言って、俺は白いチワワを撫でた。ユキは俺の手の甲をぺろっと舐めると、すぐに丸くなった。
白、雪、ユキ…。ものすごく安易だがコイツを見た瞬間、名前は絶対「ユキ」だと思った。後から聞くと、鈴子も同じことを思っていたようで名前はすぐに決まった。もちろん、ユキのことは大家さんには内緒。
「おはよう、ユキ。じゃあ、再生しまーす」
鈴子は一撫でして、再生ボタンを押し、俺の隣に座り直した。
気が付くと俺は映画を見ながら泣いていた。
外へ出掛けたかったはずなのに、知らない内にハマっていたようだ。かなり感情移入している。
隣から「ぐすっ」という音が聞こえたので見てみると、鈴子もぼろぼろ涙を流して号泣していた。その涙に今度はもらい泣き。そして、さっきのワンシーンを思い出し、また溢れてくる涙。
端から見れば、おかしな光景だったに違いない。ソファに並んで座っている二人の男女が(男はチワワを抱き抱え)、良い歳して泣きじゃくっているのだから。結局俺は、涙もろい鈴子に負けないくらい泣いてしまった。
DVD鑑賞にハマった俺たちは、続けて次の映画を観た。今度はコメディーだ。話題になっただけあって、相当おもしろい。俺は、声を上げて笑った。鈴子も、俺と同じタイミングで笑っていた。
同じ場面で泣き、同じ場面で笑う。ただそれだけのことなのに、とても安心する。きっと鈴子が隣にいるからこんなにも穏やかな気分でいられるんだろう…。