夢想の楽園-1
ただ、祈っていた。
もうあんな感情が生まれなければ良いと。
だが、解っていた。
それはただの祈りに過ぎないのだと。
何故ならこの世の全てを見渡し、救いの手を差し伸べる正義の神など居ないからだ。
悪が正しく裁かれる事もなければ、善人に幸福が約束されている訳でもない。
この世には暗い闇があるばかりで―――光など射さないのだ。
知っていた。
解っていた。
それでも祈った。
どれ程無駄であろうと、どれ程意味がなかろうと、他に出来る事はないように思えた。
だから祈っていた。
無駄になる事は知っていたけれど。
それでも。
*
弁護士の谷町敏之から杉浦雄三の元に電話が入ったのは、暑い盛りの事だった。
「杉浦さん―――大丈夫ですか?」
谷町は人権派弁護士として、名を上げていた。
それはそうだろう、杉浦は思う。谷町には熱意も能力も、行動力もあるのだから。
谷町は自分を裏切らない、そう思わせてくれる。助けを求めたら、駆け付けてくれる気がする。
弁護士といえども、仕事は仕事だ。金や時間に縛られている訳だから、多くの場合金払いがよくない客に対して熱心にはならない。
それは単純に非情と云う問題でもない。
事務所を経営しなければならない以上金は必要だし、ボランティアばかりしていては生きて行けない。
谷町も企業法務だの保険問題の対応だの、そんな仕事もしていると杉浦は以前聞いた事がある。全ての時間を犯罪被害者支援に費やしている訳ではない。
彼は彼で生計を立てて生きて行かなくてはならないからだ。
それでも。谷町なら助けに来てくれると杉浦は思う。
そう思わせてくれるだけで、杉浦には有り難い。それは他の苦しんでいる人々も同じだろう。
不躾な報道機関に悩まされ、勝手な記事を書かれ名前も家も公表され、加害者だけが守られ、加害者は自由に発言する。自分達は反論も出来ず傍聴すら優遇されず―――孤独になる。
味方など居ないように思う。
裁判の中でないがしろにされ、無視されるのが当たり前なのだとさえ思う。
だが谷町は、それは間違っていると云ってくれるのだ。
報道機関に抗議もしてくれるし、性犯罪被害者が警察に行く時には女性弁護士を紹介したり、女性職員と共について行く。
だから忙しい筈だ。それでも自分が自宅に居る時間を把握して、電話をくれた事が嬉しかった。
知らせは身を灼くような内容であっても、杉浦は確かに嬉しかった。