第五章 十年目のラブレター-1
何日もの間待ったが、返事は来なかった。
春休みでまばらな学生食堂の片隅で、俺はボンヤリと座っていた。
テーブルの上のコーヒーは、ゆらゆらと湯気を立てている。
どうにも成らない事が世の中には有る、と考えていた。
早めの桜が風で少し散っている。
映画のワンシーンの様だった。
きれい、だった。
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そして。
列車がトンネルに入り、夢から覚めると、窓の中の俺が見つめていた。
もう、あの頃の俺では無い。
時の流れが、全てを遠い記憶の彼方へ運んでいってしまったのだろう。
ただ十年ぶりに観た映画が、俺を忘れかけていた世界に連れ戻してくれた。
あんな恋は、もう二度とできないだろう。
俺は複雑な気持ちを抱いて、家路についた。
家では妻が待っている。
俺は三年前に結婚していた。
「今日、映画を観てきたんだ」
リビングのソファーに並んで座り、俺は妻の肩を優しく抱き寄せた。
「へぇー、どんな映画?」
少し甘えるように見上げている。
鳶色の大きな瞳が潤んでいる。
「ほら、二人で初めていった映画さ」
「あっ、ずるーい。私も観たかったなー」
妻は少し、膨れた顔をした。
「フフッ・・・なつかしいな。
でも、こうして二人でいるのが不思議な気がする・・・
あの時のあなたの顔ったら・・・」
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あの日、冷めかけた俺のコーヒーの隣に、熱い湯気を立てた紅茶の紙コップが青い封筒と一緒に置かれた。
運んでくれた白い指に、花びらが一枚、そっと降り立った。
今は俺の妻となった彼女が少し、はにかみながら立っていた。
俺は口を開けたまま、ただ見つめていた。
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いつもより幾分強く妻の肩を抱きながら、身体をよじってポケットから定期入を出した。
その中から小さな紙片を取り出すと、彼女は顔を真っ赤にして言った。
「あっ何よー、それ・・・ヤダー。
まだ持ってたのー?
ハズカシー・・・」
それは彼女にあてた手紙に忍ばせた、あの日の映画の半券であった。
そこには彼女の電話番号の下に、俺の字で小さく書かれている。
「今も、愛している」と。
そして、彼女も青い封筒の中に手紙と一緒に返してくれていた。
「私も、愛しています」
と、俺の字の下に丸い字で続いていた。
十年の時を超えたラブ・レターは、二人に熱いキスをプレゼントしてくれた。
二人のラブ・ストーリーは十年目にして・・・。
『セカンド・ラン』上映された、らしい。
セカンド・ラン「十年目のラブストーリー」 ―完―