彼岸花-1
幼少の頃の記憶を思い出す時、必ずと言っていい程思い浮かんで来るのは、父と母の後ろ姿と彼岸花だった。
秋風が吹き抜ける庭で、静かに揺れる彼岸花を見ている二人。そんな二人の姿は何時の間にか、私の脳裏に深く焼き付いていた。
今にして思えばあの時の二人の背中は、私に向かって何かを問いかけていた。最もその“何か”と云うのが解ったのはつい最近の事であったのだが…。
熟年離婚等が叫ばれる近年にも関わらず、私の両親は仲が良く、その仲の良さと言ったら年に数回二人だけで国内、海外へ旅行に行く程である。恥ずかしさを通り過ぎて呆れてしまう。そんな私の気持ち等知るよしも無く二人は昨日、今年二度目の旅行へと出掛けて行った。
何時もの様に母が、愛用の櫛を忘れていった事に関しては、もはや何とも思わなくなっていた。
両親が旅行に行ってから二日経ったある日、一本の電話が掛ってきた。丁度冷凍食品を電子レンジに入れ、スイッチを押してただ待つだけの時間だったので、何処か得した気分になった。
三度目のコールを確認してから受話器を取ると私の一声より早く、聴き馴れた声が聴こえた。
やれやれ…。私は普段自分では開ける筈のない押し入れから、使い慣れていない掃除機を引っ張り出していた。
先程あった電話の主に若干の呆れを感じつつ、一階のリビングを綺麗にしてゆく。
母は旅行に行く前の日は必ず家の掃除をするのだが、今回に限っては掃除をするのを忘れて家を発ってしまった。やはり母は少し抜けている。故に代わりに私が掃除をすることになったのである。しかしそのことを、母から電話で聴いてから気付くとは自分も中々抜けているな、と感じられずにはいられなかった。
家事をあまり手伝わない私だが、中々の早さで掃除は終わった。料理や洗濯等では母は固より父にも敵わないが、掃除だけなら二人を上回るかもしれない。
妙な優越感に浸りつつ押し入れに掃除機を戻そうとした時、ふと一つの段ボールが目に入った。段ボール自体は気にならないのだが、中に何が入っているのかが気になる。
まさか父のアダ…。
期待感と邪な感情を抱きながら段ボールを開けてみると…。
中には何冊かの色褪せたアルバムが隙間なく綺麗に収まっていた。まるでアルバムに詰まっている思い出の一つ一つが綺麗である事を示しているかの様に。
邪な感情を抱いていた事を自ら罵りつつ、私は恐る恐る、丁寧にアルバムを取り出した。私がこの思い出に触れて良いのかと少しの罪悪感を覚えながらそっとページを捲った。
中には若い男女が写っている写真が幾つもあった。山や河、海や湖、神社や公園など、色々な風景をバックに幸せそうな顔をしている二人。その二人は紛れもなく父と母だった。
若い頃から旅行が好きだったのか…。一つとして同じ風景のない幾つもの写真を見ながら、二人の旅行好きに感心した。
時間を忘れ最後の一冊を手にし、ページを捲った時一瞬驚いた。このアルバムだけ写真が入っていない。
これ以外のアルバムは最初から最後まで隙間なく写真が埋まっていたが、このアルバムだけは違った。
恐らく入れる写真がもう無かったのだろう。そう思い、アルバムを戻そうとした時、一枚の紙がアルバムからヒラリと出てきた。
何かと思いそっと手にした。