我以外皆師成−2-1
急斜面。
実生活ではアスファルトで整備された平坦な道しかない。
なのにここの道はそういった保護が一切なく(当たり前だけど)こちらの方が道と呼ぶのにふさわしいと思った。
荷物が軽装なのが唯一の強みでおれはこれといって運動神経が飛び抜けているわけでもない。
息を切らせながら山道をひたすら進んだ。
靴の中には石や砂が侵入して心地悪い。
それでもがむしゃらに登る。
そう、自分を変えるきっかけを獲るための冒険なのだから。
昼過ぎは日当たりもよすぎるくらいで汗がにじみ出る。
バックからタオルを出して首に巻き付けた。
途中、脇に川が流れていることに気付いて、そっとタオルを湿らせて首に巻きなおした。
冷水の冷たさが火照った身体を癒してくれた。
思い起こせば実生活でおれは火照った心を癒す術を知らなかった。
こんな冷水が近くにあればこんなに道を迷い歩くことにもならなかっただろう。ともあれ足取り快調でてっぺんを目指し歩いた。
周りから見たらおかしな中学生だと思われていただろう。
すれ違う登山客は気さくにあいさつやエールを送ってくれた。
おれもそれに応えようとしたが、なかなか声が出てこない。
ギコチなく相手に届くかどうかというような音量で精一杯の返答をした。
日が沈み始める。
山の夕暮れは淋しくも美しかった。
夕焼け。
カラスのシルエット。
実生活で美しいものも沢山見てきた。
どれも目のフィルタを通すだけで焼き付かなかった。この夕日は違った。
確かに目に焼き付いた。
ふと幼い頃の記憶が蘇った。
夕方に祖母に連れられ径を散歩したこと。
てんとう虫を見つけたこと。
遠くで犬が吠えてたこと。繋いだ手の暖かさ。
美しいもの、忘れていただけだった。
大切なことを忘れていた。疲れからベンチに座り込み信号さん宛てに書き込みをしてみる。
「夕日がとてもきれいです。美しいもの沢山ありました。沢山思い出しました。」
文とは呼べない文にありったけの今の気持ちを込めてみた。
しばらくすると信号さんから…
信号さん「美しいもの沢山見れてよかったですね。私もベランダから夕焼けを眺めていました。詳しくはわかりませんが、思い出した宝物を大切にしてくださいね。無事ご帰還されること心待ちにしてます!」
同じ夕焼けを見ているんだと思いうれしくなった。
一人じゃないんだと思ったから。
夜が早足で近づき、辺りは闇が覆いかぶさろうと支度をしている。
少し早足で山の家を目指した。
夏といっても外は気温が下がると習った記憶を引っぱりだして、とにかく山の家の軒下にでも厄介になろうと考えた。
坂の上に山小屋が見えてきた。
事情を話したら強制的に下山することになると思い、入り口横にある倉庫で眠ろうと考えた。
運良く鍵は掛かっていない。
お邪魔します。と小声でつぶやき中へ入った。
中には器材やら使い古しの雑誌や新聞が置かれていた。