第五章 ランナーズ・ハイ-1
グレーの道が短い巾で間断なく床から流れてくる。
男の白いジョギングシューズが一定のリズムでそれを踏み締めていく。
額から飛び散る汗がその脇に落ちる。
島田は息が苦しくならないように、なるべくリズミカルに呼吸しながら、雨にけむる窓の外の景色を見ている。
今日は久々の休みがとれ、スポーツジムで汗を流している。
元々身体を動かすのは好きな方だった。
毎朝起きたあとのジョギングは欠かさなかった。
だが連日の残業と長雨のせいでいつもより身体が重かった。
それでも徐々に慣れてくると、脳の中に心地よい刺激が伝達され気分が高まり、身体も軽くなっていく気がする。
「ランナーズ・ハイ」という現象である。
脳の中の神経がホルモンを分泌して、一種の麻酔のような効果を生むのだ。
一日中パソコンと向かい合う島田の仕事には、別の身体の機能を働かせないとバランスがとれないのであろう。
汗を思いっきり流すと、色々の悩みや仕事のストレスも消えていく気がするのだ。
そして、それは島田が長年思い続けてきた礼子への思いを確かめる時間でもあった。
頭の中で女の笑い顔が浮かぶ。
沈んだ顔、透き通る声。
自分だけが知っている礼子のしぐさ、やさしさ。
もし勇気があれば、とっくに天使を自分のものにできるのに。
いや、それはやはり恐かった。
こうして遠くから思い続けていられるだけで、も男の人生の支えになってくれている。
片思いの権利さえも剥奪される危険なギャンブルは島田にはどうしても出来なかった。
でも今度こそ、告白しようと思った。
もう自分も若くない。
今年で三十の大台に乗ってしまう。
これが最後のチャンスだ。
島田は降り続くモノトーンの景色に向かって、息を吐き続けている。
(絶対に告白するんだ)
(天使を・・・僕のものに・・・)