ダイチ 〜4th story〜-9
……なんだか雲行が怪しくなってきた。笑顔の告白は一転、俺へのダメ出しが始まってしまったらしい。
『ごめんね。今日、急に元気なくなっちゃったのも、俺が無神経な事聞いちゃったからなんだよね。』
眉を吊り上げてしまった彼女に俺は言った。すると彼女は眉を落とし言った。
「いいの。きっとダイチ君がそんな人だったからこそ、棗はずっとダイチ君の事好きでいられたんだよ。」
そしてグラスの中身を全て飲み干すと、俺と同じドッグス・ノースをオーダーした。
『棗ちゃん…。さっきまで、恋が出来ないなんて悩んでたのに、おかしな話だと思うだろうけど……。』
「なぁに??」
俺はゆっくりと話し始め、彼女はグラスと共に話しに耳を傾けた。
『あの、あのさ。これはある女の子に対する俺の不可思議な行動なんだけど……。』
「不可思議な行動?」
『…うん。例えば、そのコと初めて出会った時の笑顔が忘れられなかったり、そのコに送るメールの文面1つにすごく悩んだり、そのコからの返事のメールに思わず顔が緩んだり、そのコに似合いそうな商品が入荷する度にメールで知らせたり、そのコが好みそうなコーディネートをマネキンに着せたり、そのコが店に来てくれるのがすっごく楽しみだったり、そのコがちょっと辛そうな顔見せると心配になったり…。これってどう思う?』
俺のこんな長台詞の間、彼女は目をパチクリさせながら俺の顔を見ていた。
伝えようとしている意味が伝わらなかったのだろうか。
「ダイチ君、それって…恋かも知れない。」
暫しの沈黙の後、彼女は顔を真っ赤に染めてそう言った。
『棗ちゃんと話してわかったんだ。俺、棗ちゃんに恋しちゃったみたいだ。』
我ながら、ちょっと臭い台詞だった様な気がする。
けれどこれは俺の本心だ。彼女と過ごしてみて、やっと思い出した気持ち。
胸が高鳴ってどうしようもないこの気持ち。
恋と呼ぶこの気持ち。
俺の恋が始まったのはたった今かも知れない。
なのに何故だろう。彼女と初めて出会った時から、もう恋に落ちていたような気がするのは。
「ホント?」
彼女は俺に尋ねた。
『ホントだよ。』
「嘘だ。信じらんないよ。」
『ホントだって!』
「そんなっ。いきなり言われても…。」
そんな押し問答が何度か続いた後、彼女は突然席を立ち、店を飛び出してしまった。
『棗ちゃん?!』
驚いた俺は慌てて会計を済ませ、店を出た彼女を追った。
「いきなり飛び出してごめん。」
そう言った彼女は、ビルとビルの間の狭い路地に座りこみ、膝に顔を埋めていた。
「いきなり過ぎて…。嬉しいのに、なんか不安で。急すぎて、信じられないよ。」
確かに、彼女の言う事はもっともだ。
きっと彼女の不安の原因は、俺の気持ちにあるのだろう。
人の心は変わりやすい。
長い間俺の事を想ってくれていた彼女の気持ちに比べ、俺の彼女への気持ちはまだ始まったばかりできっと不安定な物に思えるのだろう。
俺は彼女の隣に腰を下ろし、彼女に掛ける言葉を選んだ。
『棗ちゃん、信じ……。』
だがその言葉を最後まで言い切る事は出来なかった。
膝に埋めていたはずの彼女の顔が突然動き、その唇が俺の言葉を遮ったのだ。
「でもやっぱり、棗はダイチ君が好き。」
唇を離した彼女はそう言った。
そして立ち上がり、彼女は俺の腕を引いて何処かに歩き出した。
彼女が何処かへと向かう最中も、俺の唇には彼女の暖かい唇の感触が残っていた。